見出し画像

あなたの生きてた日の日記51 (最終回)文章はコスパで測れるか?


「毎週水曜日に1500-2000字のコラムを更新する」
この単純なルーティーンを続けて丸4年が経った。
来週更新したら5年目突入かあ…という境地で思うのは、「どれだけ書いてもやっぱり文章って難しいなあ」ということだ。だから、5年目に入る前に、ここで辞めることにした。

もう何度か書いているけれど、このコラムを始めたのは、かつて勤めていた出版社で上司から言われた「あなたの文章にはオチがない」という言葉がきっかけだった。
この上司は編集会議の際にミスを執拗に攻め立てたり、明らかに不機嫌な態度で1時間も2時間も一対一の面接を行ったりとモラハラ&パワハラのお手本のような人だった(いまだに似た背格好の人がいると直ちにその場から離れるくらいにトラウマだ)。できれば記憶から消しておきたいのだけど、転職した後もずっと引っ掛かっていたのが先の言葉だった。おそらく自分でも「私の文章オチ弱いな」と気づいていたのだと思う。
それならば、と思って練習のつもりでコラム更新を始めた。

とりあえず一年、と思っていたら意外と読んでくださる人がいて、書きたいこともあったので転職後も続けることにした。オチに執着して書き続け、段々と記事に起承転結のリズムを付けることが癖付いて来た頃、次に立ちはだかった課題が「スピード」だった。

転職先は広告会社で、ライターとしてとにかく「一本の記事を書き上げるスピード」を求められたのだ。一日に数本は記事を上げなければならないため、常にノルマに追われた。一つの会社(業態はその都度異なる)ついて調べ、記事を書き、検索に引っ掛かりやすいよう様々な工夫を凝らして更新する(罠みたいだな、といつも思っていた)。
記事一本当たり1~2時間で書き上げるように、というノルマがあった。当初、どれだけ頑張っても3時間かかっていた私は、本当に広告ライターに向いていないと思った。時間に追われるあまり同じ語彙を多用した。「読みやすい記事を」という方針に則って、極力キャッチ―な言葉を使った。(この頃のコラムは言葉が軽くて今読むと本当に恥ずかしい)

段々とこういった執筆に慣れて来た頃、コロナ禍に突入した。
立ち止まってみて、はっとした。
自分の中に虚しさがあることに気が付いたのだ。

あまりにも言葉を疎かにしている。スピードや本数だけを追って、次の日には何を書いたかなんてすっかり忘れている。これでよかったのか。文章で働くってこういうことだったのか。これも食うためだと割り切るしかないのか。
この頃にはとっくに気づいていた。
仕事上で書いている文章が、もろに毎週更新しているコラムに影響している。全然関係ないようなふりをして、会社以外の創作物にもその言葉遣いやスピード重視の姿勢が出ていた。

やっぱりもう一度、書くこととの距離を見直してみよう。働き方を考え直し、腹を括って創作の割合を増やすことにした。
それ以来、私はいわゆる「職場」に行かない働き方を続けている。今までの会社のように文章構成やスピードをあからさまに求められることはない。しかし、どこかでずっと試されている感じがある。いつ仕事がなくなってもおかしくないな、という緊張感が常にある。創作についてももちろんそうだ。割ける時間を多く取ると決めたからには、それなりの成果物を上げなければならない。

こういうサイクルになって、去年、予想もしていなかったことが起きた。
コラムが重荷になってきたのだ。
ありがたいことに創作が軌道に乗ってきたことと、出会った人と親密に接する機会が多くなり、身の回りの出来事を安易に書けなくなっていったことも要因としてある。
だから、この一年は「もう終わりになるかもしれない」と思って、どうしても書いておきたいことを残すことにした。生とか死の話題が多かったのはそのためだ。

これまでコラムを通じて出会った人も多く、ここで辞めてしまうかも正直悩んだ。
でもこのままだとまた一時のように、言葉をおざなりにした文章を量産するだけになってしまう。自分の文章を読んで「また同じような言葉づかいで、同じようなこと言ってる…」と落胆しなくなった頃に、(頻度は落ちるかもしれないが)また何らかの形で書けたらいいなと思う。

最後に、たまに読んでくださった方、嬉しい感想を送って下さった方、ありがとうございました。書くことでこちらもずっと救われていました。
また文章でお会いしましょう。その時までお元気で。