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〇栗がにで絶叫


縁あって東北に少しのあいだ暮らすようになって、たくさんの楽しみがあったけれど、中でもやはり大きいのはスーパーのおもしろさが桁違いだということだ。

近くの漁港から来たであろう色とりどりの見たこともない魚介類(「ほや」を最初に見た時はそのグロテスクな見た目にむちゃくちゃびっくりした)。「もはや小さめの森やん!?」っていうほどイキイキ育った野菜(ネギでなくても、袋から飛び出すのは日常茶飯事)。思わず恐怖を感じてしまう程にでかいキノコ(しいたけが人間の拳くらいある)。「○○さんが採ってきました!」と写真付きで売られている山菜の束(人気商品)。
見たことのない食材を見る度、その場で「これはどうやって食べるんだろう…?」と検索するのが楽しみになった。その時は献立などそっちのけで、博物館で感じるワクワクに近いおもしろさを感じている。知らない土地のスーパーマーケットは、まさにワンダーランドである。

そんな春先のある日、鮮魚コーナーの片隅に大量にある生き物が並んでいた。よくよく近づいて見ると、それは手のひらほどの大きさの蟹だった。ラベルには「栗がに」と書いてある。
「くり…?」と思い、今にも動き出しそうな恰好で収まっている姿をまじまじと見た。硬そうでゴツゴツした甲羅を指でちょん、とつついてみる。
ガサガサッ!!と脚が激しく動いた。びっくりして飛び上がる(私が)。
い、生きてる…!!!!
その場で検索すると、「栗がに」というのは別名「さくらがに」とも言われる小型の蟹で、主に春先に北海道や青森で採れる小型の種だという。全国的に流通するものではなく、採れた地方で食べられる食材のようだ。小型で身がそんなに入っていなさそうな見た目とは裏腹に、出てきたブログには「めっちゃうまいから絶対に食え!!!!」というような熱いコメントがたくさん見られた。毛蟹なので旨味が強く、蟹味噌が絶品だという。食べ方は「茹でろ!!!うまいぞ!!!!」らしい。
値段を見ると、1匹なんと150円。
「茹でるくらいなら自分にもできるかな…!」と思い、がさがさ動いているそれをカゴに入れた。そのまま他の食材を買い求めていたら、段々動きが鈍くなり、レジに着くころにはほとんど動かなくなっていた(田舎のスーパーはでかい)。先のブログには「蟹は死んだら鮮度がどんどん落ちるから生きてるうちに調理して食うのがいちばん!!!」みたいなことが書いてあったので、会計を済ませて急いで家に向かった。

帰宅して袋の中から取り出した蟹は、もうつんつんしても揺らしてもうんともすんとも言わなくなっていた。ああ、殺してしまった…という気持ちが強くなる(どうせ食べるのだけど)。調理法に「まずはブラシで甲羅の汚れの汚れをよく取りましょう」とあったので、おそるおそるパックを開けると、ごつごつした甲羅が姿を現した。そっと触れると皮膚に引っかかり痛い。何か固定して洗った方がよさそうだ。「そうだ、鍋に入れて洗おう」と思い、パックをひっくり返して鍋に蟹を入れた、その時だった。
蟹の脚がすごい勢いで上下し出したのである。
「ぎゃああああああああああああ!!!!」
台所で、人生で叫んだことない程でかい声が出た。蟹、蟹生きてるしかもめっちゃ動いてる脚がぜんぶ動いてる怖い!!!!!しかも悪いことに鍋に足をひっかけて上体を起こしてくる。やべえ、こいつ逃げる!!「うわあああああ」と言いながら必至に足を持ち、その身体を全部鍋に入れた。怖いのでとっさに鍋にフタをする。
フタはガラス製だったのでその後も中の様子がありありと見えた。蟹は、その後も脚でこのフタをガタガタと揺らしている。この蟹、出ようとしてる……!!!!
もうなんかすべてが恐ろしくなって、とりあえず隙間から水を入れて、しばらくそのまま鍋に入れておくことにした。
30分後、水を変えようと見に行くとおとなしい。たぶん塩を入れていなかったから、大分弱っているのだろう。そうして何度か水を変えつつ、生存確認をしていると何だか飼ってるような気分になってきた。人間とは勝手なもので、反撃がないとかわいく思えてくる。

結局、2時間後に今度こそ完全に動かなくなってしまった蟹をしゃかしゃかと洗ってから、塩ゆでにした。蟹はみるみる鮮やかな赤色になって、湯気まで塩の香りがしてにおいだけでもうおいしい。身はもちろん、正真正銘のおいしい蟹の味だ。最初こそ身が少ない気がしたものの、何と言っても脚は8本もある。すべてほじくりだしていちいち味わっていたら、十分な満足感を得られた。そして、最後に甲羅を開けて蟹味噌。ひとくち食べて、「!!!!!!」となる。これはどんな立派な蟹にも劣らない濃い味がした。めちゃくちゃうまい!!!旨味の塊、濃厚の極み…。ひとくち、またひとくちと食べ進めると「こんなにうまいもん食ったら脳がばかになっちゃうよ!!!」というなぜか焦りに似た充実感でいっぱいになった。
これが150円。おそるべし、東北。

これからも怖い思いをしながら、少しずついろんな食材に挑戦していきたいと思う夜だった。


(食欲をさがして 18)