真紅の叫び

 その昔、多くの国が血で血を争う中、平和で素晴らしい理想郷が一国だけ存在した。そこで暮らす人々は穏やかに大切な人と寄り添いながら笑顔の絶えない暮らしを送っていた。

 「やっぱり私、この子を産みたくない。」

私の妹は悩んでいた。お腹に宿った自分たちの子供の将来を嘆いていたのだ。

「お腹の子のことは○○君にまだ言ってないのか?」
「言ってない......」
「一体何を心配してるんだ?育児ならお前1人で背負いこむことはないだろ?○○君ならきっと協力してくれるだろう。」

妹は自分の夫に自分たちの子供ができたことをまだ伝えられずにいた。私は何が妹をそこまで悩ませているのか分からなかった。私と妹の主人である○○君とは休日に一緒に釣りに行くほどの仲で、彼の相談に乗ることも多々ある。

「あの人のことは信じてるけど......でもこれは私1人の問題だと思うの。」
「うーん、分かるように言ってくれないか。」
「お兄ちゃんに言ってもどうせ分かってくれないよ。お父さんもお母さんもきっと分かってくれない。私子供の頃から言ってるのに3人とも理解してくれたことなんてないじゃない......」

妹はとても繊細で優しい子だ。素晴らしい感性の持ち主である妹は他の人には感じ取れないこの平和ボケした理想郷の歪さに気付いていた。他の国が戦争で苦しんでいる中、私たちのように穏やかに暮らせることはとても恵まれていることだというのに。

「大人になれば私もお兄ちゃんたちみたいになれるかなって思ってたけど、そうはならなかったみたい。」

 その日を境に、妹は私たちの前に姿を現さなくなった。


 義弟の○○君が息を切らしながら私の住居を訪れた。

「妻は来てませんか!?」
「いや、来てないけど。あいつに何かあったのか?」
「テーブルの上にこれが......」

私は慌てて○○君から手紙を受け取った。紛れもなく彼女の筆記だった。妹の力のこもった直筆をその場で一言一句逃さず読んだ。


「○○さんへ
 お腹の子はやっぱりどうしても産むことはできません。本当にごめんなさい。私たちでは此処でこの子を幸せにすることなんてできない。何度も話し合ってきたけど、私にはどうしても○○さんのようにこの子の将来に自信を持つことなんてできない。
 
 前にも話したよね?私この国が大嫌い。他の国の人たちに殺しの道具を売って、たくさんのお金をもらって、裕福で恵まれた社会を築いている平和ボケしたこの国が大嫌い。人の屍で築くこの最低な楽園は今でも瓦礫と死体を大地に敷き続けている。私はお腹の子の純粋を穢したくない。こんな場所で私はいつまでも目を塞ぎながら笑って生きていくことなんてできない。なんで誰も気づかないの?なんで傷つけ合うことでしか人を守れないの?こんな最大の矛盾に誰1人として疑わないみんなが悲しい。悲劇のヒロインぶってるであろう私なんかよりもみんなの方がよっぽど悲しいよ。

 ○○さんもお父さんもお母さんも、お兄ちゃんもきっと私のことを許さないでしょう。それでも私はここを出ます。私はあなたたちに許しを乞わない。私が許しを乞うのは神様だけ。」


 私は妹が子供の頃から言っていたことを思い出した。

「武器を売ってたくさんの人たちを傷つけてるんでしょ?それなのになんでみんな笑っていられるの?」


そうは言っても、私たちが平和に過ごすにはたくさんの国に武器を売ることでその優位性を保たなければならない。この国を攻撃すればどれほどの人たちを敵に回すことになることかは世界中が容易に想像できるだろう。下手したら世界全体を敵に回すことになりかねない。私たちは大衆と暴力に守られている。

 今になって私も疑問に思うことがある。魂を燃やすあの焔の引き金を降ろせば、この国の赤い地を洗い流せるのだろうか?絶えず繰り返される歴史にいつか終止符が打たれる日が来るのだろうか?
 


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