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映画『トレインスポッティング』の音楽について

 思うところがあって30代前半でガリ勉して大学院を受験し、修士課程に2年間通いました。入学当初はケン・ローチ監督の映画作品を中心に論文を書くつもりだったのですが、あるときふと『トレインスポッティング』(アーヴィン・ウェルシュ原作、ダニー・ボイル監督、1996)を見返して「やっぱりこれや」と方向転換しました。ケン・ローチ作品にも共通するスコットランドの労働者階級というテーマと向き合いたかったのですが、トレスポ(という略で伝わるかどうかで世代が分かれる…)を扱うんだったらいっそのこと音楽を主題にしちゃえ!と、自分の趣味に振り切ることにしました。知識も文章力も追いつかないまま勢いで書いた9万字を審査してくださった先生方、色んな見地から意見をくださった研究室のみなさんに今でも感謝です。修了してからもう4年以上経ってしまいましたが、せっかく書いたので以下に少し振り返ります。
(写真は作品の舞台、エディンバラの街中で筆者が見つけた落書き。おそらく2007年ごろ撮影。プリントは見つかったがネガが行方不明)


修士論文目次

映画『トレインスポッティング』における大衆音楽*の効果
はじめに 

第1章 『トレインスポッティング』の背景と音楽
1. スコットランド映画か、イギリス映画か?
2. 地域と階級の背景
3. 現地における作品の受容 
4. アーヴィン・ウェルシュによる原作小説 
5. 使用音楽の分類

第2章 テクスト分析1― 「パンク」の効果
(修正・編集したものを電子映画学術誌 CineMagaziNet! No. 20に寄稿)
1. 「パンク」の定義 
2-1. イギー・ポップのスター像の機能 
2-2. イギー・ポップの楽曲《Lust for Life》/《Nightclubbing》
3-1. ルー・リードのスター像の機能 
3-2. ルー・リードの楽曲《Perfect Day》
4. 「パンク映画」としての『トレインスポッティング』

第3章 テクスト分析2 ― 「ブリットポップ」の効果
1. 90年代「ブリットポップ」の音楽と運動 
2. プライマル・スクリームの楽曲《Trainspotting》
 ― スコットランド産の音楽とショーン・コネリー 
3. 紅一点のキャラクター、ダイアンと音楽
3-1. 女性ヴォーカルバンド、スリーパーによるカヴァー曲《Atomic》
3-2. ダイアンが歌うニュー・オーダーの楽曲《Temptation》 (≠ブリットポップ)
4. 終幕におけるアンダーワールドの楽曲《Born Slippy (Nuxx)》
5. 「ブリットポップ映画」としての『トレインスポッティング』

第4章 「音楽映画」史における『トレインスポッティング』
1-1. 1940年代から 80年代のイギリス映画の系譜と音楽 
1-2. 「大衆音楽映画」史 
  ― 『トレインスポッティング』以前の英米「音楽映画」
2. 『トレインスポッティング』全編における音楽の機能
  ― 「音楽映画」史を踏まえて 
2-1. 初期映画の音楽の機能 
2-2. 音楽と映像のリズム
2-3. 「脇役」としての音楽 

第5章 『トレインスポッティング』以降の映画作品の特徴
1. 90年代の時代性 ― 映画と大衆音楽に表れる文化の混交
2. 『トレインスポッティング』以降のアーヴィン・ウェルシュ文学作品の映画化
3.『トレインスポッティング』以降の英米映画における音楽的傾向

おわりに 

*註:本論文において「大衆音楽」とは一般大衆に消費・拡散される音楽と定義し、とりわけ広義のロック、ポップを中心に論じました。英語の "popular music" のことですが「ポピュラー音楽」という呼称は英語と日本語がチャンポンなのが気になり(今思えば変なこだわり)、かと言って「ポピュラー・ミュージック」だと字面が長いと思い却下しました。しかし「大衆」という言葉も学術的に様々な意味があるらしく勉強は尽きません。

関連作品リスト


第2章 テクスト分析1― 「パンク」の効果
『時計じかけのオレンジ』A Clockwork Orange (スタンリー・キューブリック監督、1971)
『アルフィー』Alfie (ルイス・ギルバート監督、1966)
『タクシードライバー』Taxi Driver (マーティン・スコセッシ監督、1976)

第3章 テクスト分析2 ― 「ブリットポップ」の効果
『LIVE FOREVER』Live Forever (ジョン・ダウアー監督、2002)

第4章 「音楽映画」史における『トレインスポッティング』
(製作者の音楽的趣向が色濃く表れる物語映画を「音楽映画」と定義)
・1940年代〜80年代イギリス映画の系譜と音楽 
『赤い靴』The Red Shoes (マイケル・パウエル/エメリック・プレスバーガー監督、1948)
Momma Don’t Allow (カレル・ライス/トニー・リチャード ソン監督、1956)
『グレゴリーズ・ガール』Gregory’s Girl (ビル・フォーサイス監 督、1980)

・『トレインスポッティング』以前の英米「大衆音楽映画」史
50年代〜60年代中期 - ロック初期:
『暴力教室』 Blackboard Jungle (イヴァン・ハンター原作、リチャード・ブルックス監督、1955)
エルヴィス・プレスリー主演作品
ビートルズ主演作品

60 年代後期〜70 年代 - 音楽スターが出演しない「音楽映画」:
『卒業』The Graduate (マイク・ニコルズ監督、1967)
『イージー・ライダー』Easy Rider (デニス・ホッパー監督、1969)
『さらば青春の光』Quadrophenia (フランク・ロダム監督、1979)
『トミー』Tommy (英、ケン・ラッセル監督、1975)
『アメリカン・グラフィティ』American Graffiti (ジョージ・ルーカス監督、1973)
『ミーン・ストリート』Mean Streets (マーティン・スコセッシ監督、1973)
 Cf.,『グッドフェローズ』Goodfellas (マーティン・スコセッシ監督、1990)

70 年代〜80 年代 - 音楽スターが純俳優として登場する「音楽映画」:
『パフォーマンス』Performance (ドナルド・キャメル/ニコラス・ローグ監督、1970)
『地球に落ちてきた男』The Man Who Fell To Earth (ニコラス・ローグ監督、1976)
『戦場のメリークリスマス』Merry Chrismas, Mr. Lawrence (大島渚監督、1983)

80 年代 - MTVの影響:
タイ・イン楽曲のタイトルが映画のタイトルになった事例
『プリティ・イン・ピンク ― 恋人たちの街角』Pretty in Pink (ハワード・ドゥイッチ監督、1986)

90 年代前半 -「オタク」監督による音楽的挑戦:
『パルプ・フィクション』Pulp Fiction (クエンティン・タランティーノ監督、1994)
『クラークス』Clerks (ケヴィン・スミス監督、1994)

第5章 『トレインスポッティング』以降の映画作品の特徴
原作、製作、または作中の台詞における直接的影響:
『アシッド・ハウス』The Acid House (アーヴィン・ウェルシュ原作・脚本、ポール・マクギガン監督、1999)
『フィルス』Filth (アーヴィン・ウェルシュ原作、ジョン・S・ベアード脚本・監督、2013)
『ツイン・タウン』Twin Town (ダニー・ボイル/アンドリュー・マクドナルド製作、ケヴィン・アレン監督、1997)
『ヒューマン・トラフィック』Human Traffic (ジャスティン・ケリガン監督、1999)

間接的影響?:
- アーヴィン・ウェルシュと同世代の作家による文学作品の映画化
(いずれも音楽が重要なテーマである作品)
『ハイ・フィデリティ』High Fidelity (ニック・ホーンビー原作、スティーヴン・フリアーズ監督、2000)
『アバウト・ア・ボーイ』About a Boy (ニック・ホーンビー原作、クリス&ポール・ワイツ監督、2002)
『モーヴァン』Movern Callar (アラン・ワーナー原作、リン・ラムゼイ監督、2002)

- 一部手法が類似する作品、音楽的特色が強い作品
『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』Lock, Stock and
Two Smoking Barrels (ガイ・リッチー監督、1998)
『スナッチ』Snatch (ガイ・リッチー監督、2000)
『バニラ・スカイ』Vanilla Sky (キャメロン・クロウ監督、2001)
『(500)日のサマー』(500) Days of Summer (マーク・ウェブ監督、2009)
『THIS IS ENGLAND』This Is England (シェーン・メドウズ監督、2006)

おわりに
スコットランドのミュージシャンが映画作品を監督した事例:
『ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール』God Help the Girl (スチュアート・マードック監督、2014)

「おわりに」より一部引用

「90 年代イギリス映画を代表する『トレイン スポッティング』と、2000 年代を代表する『THIS IS ENGLAND』の製作資金源はともにテレビ会社が設立した映画組織チャンネル・フォー・フィルムズ /フィルム・フォーである。この事実に加え『THIS IS ENGLAND』の製作会社がレコード・レーベルから派生した映画会社ワープ・フィルムズであることは、イギリス映画・テレビ・音楽産業の連携の強化を示している。」
「2017 年『トレインスポッティング』の続編 T2: Trainspotting をめぐって はさらなる映画・大衆音楽の文化的展開が期待される。“T2”というタイトル が90 年代アメリカ映画『ターミネーター2』Terminator 2: Judgment Day (ジェームズ・キャメロン監督、 1991)の略称にちなんでいることは、すでに確認できる『文化の混交』と『ノスタルジア』の事象である(Lury 2002*)。予告編にも垣間見られるように、20 年の歳月を経て続編が第 1 作のセルフ・パロディー を含む可能性も見込まれる。」(2017年2月記)

*映画学者 Lury の「文化の混交」と「ノスタルジア」というテーマについては第5章第1節で引用し、論じました。
参考文献:Karen Lury. “Here and Then: Space, Place and Nostalgia in British Youth Cinema of the 1990s.” pp. 100-108. in Robert Murphy. ed. British Cinema of the 90s. (London: British Film Institute, 2002)

追記(続編について)

 続編の T2 Trainspotting (2017) はやはり前作のセルフパロディー満載でしたが、期待値を高めすぎたためか残念ながら素直に楽しめませんでした。前作はマサヒロ・ヒラクボ氏による編集が素晴らしかったのですが、続編の編集は奇をてらいすぎている気がしてクレジットを確認したら別の方だったのでむしろ腑に落ちました。
 とは言えサウンドトラックは流石の充実感でした。1作目に予算の都合でカヴァーしか使えなかったという Blondie や、Queen の Radio Ga Ga のような大御所アンセムが使われているシーンでは「今回は予算が潤沢やったんやなぁ」と勝手に感慨深くなりました。エディンバラ出身の Young Fathers が新たな風を巻き起こしてくれたのもうれしかった。ダニー・ボイル監督は彼らの曲は前作の Born Slippy(Underworld)的役割を果たすと言っていたらしいです(公開前後 BBC Radio 6 で耳にしました)。個人的には Fat White Family のサウンドに一番興奮しました。洗練されているのに泥臭いというか、音的にも人間的にもイギリスにはそういうバンドが多い印象があります。映画をとおして新しい音楽と出会うのは非常に喜ばしいことです。
 賛否両論あったトラム(筆者が住んでいたときに工事が始まった)が完成したエディンバラに思いを馳せて。
 




最後まで読んでくださり多謝申し上げます。貴方のひとみは一万ヴォルト。