ONE_PIECEの仕事論

【教育コラム】ONE PIECEの仕事論

仕事とは何か

仕事という言葉には様々な定義が与えられますが、ここでは仕事人の間で流通している「問題解決」を採用しておきたいと思います。
なぜなら、「問題」という単語は、危機的状況を指す「trouble」や「problem」も、「question」や「topic」といったニュートラルな問いも、そしてより大きな解決対象である「theme」や「subject」も内包するため、多種多様な仕事を取り扱うキャリアの話題では利便性が高く好都合だからです。

世の中は誰かの問題解決でできている

別の言い方をすれば、今の状況を「Before」としたときに、より良い「After」の状態に移行する行為が仕事だと言えます。
そう考えると、私たちの身の回りのモノやサービスは、それがたとえ換金価値がなくとも、誰かの仕事で成り立っていることに気づかされます。
たとえばゴミを拾ってくれる人の仕事も、お母さんがお弁当を拵えてくれる仕事も、美容院で髪を整えてくれる仕事も、もちろん貧困問題や国際問題の解決に従事する方々の仕事だって、どれも何かを現状よりも良い状態にするための問題解決の営みです。

「仕事=職業」と描かないONE PIECE

仕事について考える際、『ONE PIECE』にリアリティがあるのは、仕事を必ずしも職業に紐づけずに描いている点にあります。
どういうことかというと、仕事が問題解決であるならば、「何を解くか」という問題設定と「どう解くか」という解決策設定の二段構えになるはずです。ということは、人によって、また時と場合によって、何を問いとして設定するかは異なります。たとえば同じ「自動車を作る」という仕事でも、より速い車を作るにはレーシングカー、より多くの乗客を安全に運ぶなら観光バス、といった具合に。仮に問題設定が同じでも、解決策は人によって異なって然るべきです。

サンジの仕事観

では、『ONE PIECE』の場合はどうでしょうか。たとえば麦わらの一味でコックの職業に従事するサンジというキャラクターの仕事は、クルーの食事問題の解決です。クルーが空腹時には「腹を満たすこと」を、栄養が不足している場合は「栄養をより多く摂取できること」を、それぞれ問いとして設定し、作る料理(アウトプット)を変えてゆきます。
彼の仕事人としての特徴は、顧客を選り好みしないことです。象徴的なエピソードは、海上レストラン・バラティエでの「食いてェ奴には食わせてやる!!!コックってのはそれでいいんじゃねえのか!!!」(第6巻)という台詞でしょう。これは、同じコックという職業で彼の命の恩人でもあるバラティエ・オーナーのゼフとは異なる仕事観です。
ゼフは「客にメシを食わしてやるのがコックだ‼︎」(第6巻)と言います。プロのコックである自分が仕事として食事を提供すべき相手は顧客であり、その顧客とは「非顧客」と何らかの点で相違点があるはずです。ある要件を満たしている者が顧客であるという条件設定が彼の発言の背景に透けて見える点において、ゼフはサンジよりも開放性はないでしょう。
また、ゼフはこんな言葉も残しています。「金はあるのに食えねぇってのは可笑しな話だな」。この発言から、ゼフの顧客の条件設定が明らかになりました。サンジと遭難して餓死寸前だった際の台詞ですが、そんな危機的な状況だからこそ、ゼフが本音では「金があれば食えるはず」「金の有無が顧客か否かを決める最重要条件」であると考えていたと推察できます。
やはり、「食いてェ奴」ならば敵味方関係なく顧客とするサンジのオープンマインドには敵いません(近視眼的な金儲けはどちらが上かは分かりませんが)。同様の仕事観は、映画『ONE PIECE FILM Z』において、敵か味方かその時点では分からない元海軍大将・ゼットを治療した麦わらの一味の船医・チョッパーにも見て取れます。

ナミの仕事力

サンジの仕事観もゼフの仕事観も「アリ」でしょう。ゼフの方が稼ぐのは上手かも知れません。実際に、ゼフ・ファンの方も沢山おられると思います。『ONE PIECE』は、この、幾通りもの仕事観をフェアに描いている点が非常に巧みであり、それが、現実社会の仕事人にはエールとなり、社会人未満の子ども達にはキャリア教育となるのです。何れかの価値観を押し付けるメッセージングは、実質的にはハラスメントと同義だからです。
仕事観という意味で、最も教育効果の高いメッセージのひとつは、空島編のナミの思考回路にあります。空島とは文字通り空に存在する島であり、そこに到達するには、垂直に天まで上昇する「ノックアップストリーム」という海流を攻略せねばなりません。「垂直の海流など航海できるわけがない」普通ならそう考えるでしょう。しかし、麦わらの一味の航海士・ナミの考え方は違っていました。彼女は「相手が風と海なら航海してみせる‼︎」(第25巻)と捉えたのです。
この解釈方法は仕事人の皆様なら非現実的ではないとお感じになられることでしょう。高い壁や無理難題に直面したとき、「できない理由を探すのではなく、できる方法を考えよ」というメッセージにほかなりません。断崖絶壁を前にしたロッククライマーは「どこに手と足を入れる隙間があるか」を必死に考えるそうです。
ナミは目の前の難問を風と海という要素に因数分解し、「解ける」と判断しました。デカルトの「難問は分割せよ」を想起させてくれるシーンですが、問題を回避するためではなく、問題を解決するためにエネルギーを注ぐ。老若男女を問わず、私たちにもできないことはない解釈法ではないでしょうか。

人には出番がある

ここまで、『ONE PIECE』を通して仕事を見てきました。お読みいただいた皆様のうち、特に子ども達や社会人未満の学生の方々のなかには、「仕事が問題解決だというのは理解できるけれど、人生をかけて解きたい問題なんてない!今やるべきことで精一杯だ!」という方もおられると思います。
たしかに、「何を解くか」という問題設定は、キャリアにおいて「夢」や「やりたいこと」を意味するかも知れません。「夢がないと進めないじゃないか」というご指摘もあろうかと思います。
しかし、社会を海だと捉えれば、学校は泳ぎ方を学び練習するプールです。夢ややりたいことという「何を解くか」が定まらなくとも、「どう解くか」という解き方を必死に磨いておけば、海賊王のゴール・D・ロジャーがペドロに告げた「人には必ず『出番』ってものがあるんだ!!」(第87巻)というメッセージは後々意味を持つでしょう。夢は必需品ではないのですから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?