匂いで入社を決めた女子学生

【教育エッセイ】匂いで入社を決めた女子学生

「なぜって、同じ匂いがしたからですよ」

私自身を含めて、学生から聞いた最初で最後の入社理由だ。仕事で進路相談に乗る毎日だが、匂いで進路を決めた大学生は彼女を除いて一人もいない。

商品やオフィスといったモノの匂いではなく、雰囲気という比喩的な意味での匂いでもない。彼女に入社を決意させたのは字面通りの匂いだった。最終面接までに出会った全てのヒトの。「会社はヒトで決めろ」とはいうものの、まさか「ヒトの匂い」で決めるとは。

彼女の言い分はこうだ。「一緒に働く人の匂いが合わない場所に毎日行くなんて無理ですよ」確かに多くの動物は仲間かどうかを匂いで判断しているそう。

ヒトの仕事探しには「マッチング」なんていう仰々しい言葉が用いられる。雇用条件の相性は勿論、気が合う、肌が合う、反りが合うといった波長の相性もある。しかし、「匂いのマッチング」は聞いたことがない。

考えを巡らす私をよそに、彼女は笑顔で続けて云った。「匂いが良いってことは、食べてるものや生活習慣も良い気がするじゃないですか」妙に説得力があった。確かに、匂いは人の気分を左右する。嫌いな匂いは努力しても好きにはなれない。人は匂いに敏感で匂いに正直だ。他人の匂いは操れない。だからこそ、匂いが合わないときの時間は辛く堪え難い。

社会人になると大半の時間を占める仕事。AIだなんだと仕事の行方が見え難くなっているいま、見えるものだけが価値だと言わんばかりに様々なものが見える化される。けれど、合理的に相性を考え尽くしても「こんなはずじゃなかった」と早々にリタイアする若者は後を絶たない。

視覚依存のいまだからこそ、嗅覚による動物的直観を頼りに「ここが私の居場所」と腹をくくってみせた彼女に、どこか等身大の人間臭さを感じた。

「匂いで決める」

生き生きと働く彼女に再会した先日、古くも新しい居場所の探し方なのかも知れないと思った。

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