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最初の40ページしか読めなかった本の話

小学校5年生の教室の学級文庫に『大きな森の小さな家』*1 が置いてあった。表紙はやさしい色合いをしていて、真ん中に赤い服の女の子が人形を抱く絵が描かれていた。
 
1870年代のアメリカの話で、小さな女の子のローラが主人公だ。ローラ、とうさん、かあさん、メアリイねえさん、赤ちゃんと5人が、大きな森の丸太づくりの小さな家で暮らす様子を描いている。
 
わたしはこの本の13ある章のうち、はじめの『「大きな森」の小さな家』と『冬の昼と、冬の夜』しか読んでいない。正確にいうと、この2話を行ったり来たりしているうちに、1年が終わってしまったのだ。
 
この冒頭の2章には冬に備えて食糧を作る話が綴られている。ローラの父親は、鉄砲でシカを狩ってくる。これが「あまりおいしくて、ローラは、そのシカ肉を、ぜんぶ食べてしまいたいくらい(後略)」なのだ。
 
わたしは、きっと豚とも牛とも違っていて、かなり上等なものではないかと思い込んだ。それだけではなく、おいしいのはもちろん、切った断面もさぞかし美しいのだろうと想像し、今まで食べたことがあるステーキやローストポーク、ハム、サラミ、ソーセージなどを、すべて頭の中に詰め込んで、それぞれの良いところを組み合わせて、わたしだけの理想の肉に仕立て上げていった。
 
さらに読み進めると、これに塩をして「上等なヒッコリイのけむり」でいぶすのだという。ヒッコリイのにおいはヒノキやヒバみたいだろうか、もっとセージやローズマリーのようなハーブに近いだろうかとあれこれ考える。このくんせいのスモークの独特の香り、あめ色になってつやつや光るさま、滑らかな口当たりやうまみを夢想した。
 
その次は、ドングリや木の根で太った豚をつぶして、腹肉や肩肉、心臓、舌など部位ごとに分けて加工していく。西洋のにこごりのような頭肉チーズや本当にセージの葉を使ったソーセージ、ラードにそのあげかす、塩づけの白身が納屋に並んでいく。
 
この処理をする際、ローラとメアリイは豚のしっぽを炭の上であぶらせてもらえる。「あぶらが炭の上にぽたぽた落ちて、ボーッと燃え上がる」*2 、たったそれだけのことなのに、幼いおねえちゃんといもうとが「番をゆずるのがいやになるくらい」に夢中になってしまうのだ。
 
そうして焼きあがったら前庭へもっていき、ふたりはさめるのもまちきれずにかぶりつく。はたして食べた感じは表面がパリッとしているのか、歯ごたえはこりこりしているのか、それともほろほろしているのかと口にだ液がたまる。あのしたたるあぶらをなめられないものかとしばし手を止めた。
 
その他にも、あげかすで味つけしたトウモロコシやきぱん(ジョニイ・ケーキ)、ローラの好きなクマのもも肉、にんじんのしぼり汁で黄金色になったバターと、次々においしそうなものが出てくる。聞いたことがあるものもないものも、口に入れた感触や舌ざわりや味、においがどんなよい感じがするかと想像をめぐらした。
 
そんなことをしながら、ページをめくってはもどり、もどってはめくりをくり返していると、5年生の3学期の終わりになっても、245ページのうち40ページまでしか進んでいなかったのだった。
 
結局、わたしはその後のローラ一家の生活、ましてや物語がどう締めくくられたかをいまだに知らない。しかし、五感を使えるだけ使って作中の食べ物を思い描き、頭の中で1年間味わいつくす経験をわたしにさせた本はほかにないのだ。
 

 *1 下記の本、この後の『』及び「」はこちらからの引用です。
 大きな森の小さな家 インガルス一家の物語1 福音館書店
 ローラ・インガルス・ワイルダー 作 / ガース・ウィリアムズ 画
 / 恩地 三保子 訳
 
*2 原文では「(前略)燃え上がります」、引用の際に語尾を変更しました。

※こちらは「自分を緩ませて解きほぐす文章を書くための1ヶ月オンライン執筆教室」でコメントいただいたものを反映させ、掲載しています。

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