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【読書感想文】戸村飯店青春100連発/瀬尾まいこ

青春ってなんだろうか。辞書で調べてみた。

青春とは、 
①(五行説で春は青にあてる)春。陽春。
②年の若い時代。人生の春にたとえられる時期。

どうやら明確な定義はないようだ。正確な意味なんかを求めるよりも、「青春」という言葉の美しい響きに解釈は委ねればいい。そんな話だ。そういうことにしておこう。

さて、この前中央線に乗っていてふと思った。

外の風景を見て電車が今どのあたりを走っているのかがわかんないな、そういえば。地元だとそんなことはなかった。外の風景を見ればだいたいどのあたりを走っているのか理解できていて、そんな風景をぼんやりと何度も何度も見てきたのだと思う。

今や駅の前後の風景でさえ、それがどの駅か当てられないだろう。それくらい電車に乗っている時はスマホを見ている。

いや、僕はこのスマホを見ている、という表現があまり好きではないので、正確には新聞を読み、本を読んでいる。それぞれの媒体がスマホに置き換えられたにすぎない。

話は少しそれたが、地元の琵琶湖線の風景を思い出し、僕は兄弟について考えた。そんな話だ。

https://www.amazon.co.jp/%E6%88%B8%E6%9D%91%E9%A3%AF%E5%BA%97-%E9%9D%92%E6%98%A5100%E9%80%A3%E7%99%BA-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%80%AC%E5%B0%BE-%E3%81%BE%E3%81%84%E3%81%93/dp/416776802X/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%88%B8%E6%9D%91%E5%85%84%E5%BC%9F&qid=1611540977&sr=8-1

あらすじ


青春100連発とタイトルにあるとおり、青春が詰まった作品。

ディープな大阪、戸村飯店の2人の兄弟、ヘイスケとコウスケが主人公。章ごとに語り手がそれぞれに変わり物語が展開されていく。

はじまりはヘイスケ高校卒業間近、一学年下で同じ高校に通うコウスケの場面から。ヘイスケのことが好きだという同級生の岡野からラブレターを描いて欲しいとお願いされるコウスケ。兄のことがあまり好きになれない弟は自分が好きな岡野からのお願いをどうやって処理しようかと悩む。

ヘイスケは高校卒業後、東京で専門学校に通うものの、1ヶ月で退学し、飲食店RAKUでアルバイトを始める。専門学校の講師だったアリさんと付き合い始めるが、アリさんのことが好きなのかどうかもわからないまま、ほとんどの時間を飲食店でのアルバイトにあてる。

もともと器用だったヘイスケは、店の接客はもちろんメニューの改良、開発などにも貢献するようになり、店長からはいつも褒められ店舗になくてはならない存在へ。

コウスケはというと、高校卒業後の進路について、自分が店の後を継ぐものだと信じ込んでいたが、進路面談の際に父親から甘えたことを言うな、と言われ、進路が白紙になる。どうしていいかわからないコウスケは不本意ながら兄のもとを訪ね進路について相談。埼玉の大学へ通うことを決め、勉強の末、春からの新生活を迎えることになる。

ヘイスケは昔から大阪、自分の家に自分の居場所がないと感じており、とにかく大阪を出ていくことを考えていた。

店の手伝いができて、親との距離感も近いコウスケに対し、一度包丁を持たせてもらった時にうまくできなかったヘイスケ。そんな些細なところから、親から信頼されていないと感じて、いち早く自分の居場所を見つけることに必死になっていた。不恰好だが、恥を知らずありのままの姿でなんでもやってしまうコウスケのことをどこかで羨ましがっている。そんな本音を打ち明けることもできず、気づかぬうちにヘイスケは自分のことにも他人のことにも興味を持てないようになっていく。表面だけを取り繕ってさえいれば。

一方、コウスケは、器用で人付き合いもできるのにも関わらず、家の手伝いもせず、常連とも会話をしない自由なヘイスケに対し嫌悪感を抱く。そんな思いから兄弟にも関わらず、本音での会話を避けてきた。本音で語るコウスケに対し、本音を話さずにかわすヘイスケ。お互いの距離は広がっていく。

物語は、ヘイスケがラジオで聞いたウルフルズの曲から急に自分の本当の気持ちに気づき、大阪に帰るところで終わる。

感想


2人の兄弟の気持ちのすれ違い。それが重なっていく様がまさに青春そのものだ。お互いがお互いを勘違いして捉えており、結果的にはないものねだり。

最後には、二人はそれぞれ違った道を進むことになる。

大阪を離れたかったヘイスケは大阪に。
兄のせいにして自分は大阪に居続けるものだと信じ込んでいたコウスケは関東に。本当の気持ちなるものがあるのかどうかはわからないが、きっと隠していたり、気づいていない気持ちが人間にはある。

過去に、どこかで、何かが、きっかけとなって、塞いでいた気持ち。

その蓋を取り除くことができるのは、これまで避けてきた物事と対峙をすることなのかもしれない。

今回の場合は、兄弟での会話。あんなに嫌っていたはずのコウスケは、困った時に兄を頼ってきたし、家族に理解されていないと思っていた兄は父親が自分のことを理解してくれていたのだということを父から受け取っていた封筒の中に挟まれていた手紙から知る。

たまたま見つけたアルバイトだって、どこかで料理ができるようになった自分を父親に認めて欲しかったからなのかもしれない。

僕の話


僕は自分と2つ歳が上の兄のことを考えた。どちらかと言うと僕はコウスケに近くて兄はヘイスケに近いだろう。

僕は小学生の時からソフトボールを始め、中学は野球部へ。父は野球が大好きだったので一緒にキャッチボールもしたし、試合の時には応援に来てくれた。兄に対しては、特にそう言ったことはなかったように思う。

父と我々兄弟との関係で言うと、何故か僕の方が父親との距離が近かった。知らず知らずのうちにどこかで父親と仲が良い役割を続けることを僕は受け入れたのだと思うし、兄もそれを望んでいたように感じた。

反対に思春期に入り兄は父親から離れていった。この辺りは本人と話していないのでわからないが、もしかしたら兄は僕に対して嫉妬していたのかもしれない。その時にはそんなこと考えもしなかったが。仮にそうだったとしても今も認めないだろうな。

そんな僕が先に実家を出て、今も兄は実家にいる。僕のことをせこいと思っているだろうか。

僕たち兄弟はどこか核心に触れる話題を避け続けてきた。今もそうだ。僕が中学に入学した時くらいから、何かその壁のようなものが生まれた気がする。小学生の時とは違う大人になった兄の姿を中学で見て何かが変わったんだと思う。家庭で見る兄とはちがう姿。

異性の話もこれまでしたことがなかったし、ぼくが結婚を決めた時も兄には何とも伝えにくかった。というかよく考えると、兄には正式に僕から何かを伝えたということはないかもしれない。

大切なことはいつだって母親経由だ。僕も兄も。転職した時だって、お互いの仕事の話すら僕らは面と向かって話ができない。

仲が悪いわけではないんだけど、当たり障りのない話しかできない。兄と2人きりになるのは割と気まずかったりする。

そんな僕らなので、もちろんお互いの青春になんて干渉してこなかった。兄にどんな青春があったかなんて僕は知らないし、向こうもまたそうなんだろう。

僕たち兄弟はこれからどんな関係で進んでいくんだろうか。もしこのままだとすると、おそらくあまり話さないままおじいちゃんになってしまうな。

いつか2人きりでお酒でも飲みながら語り合いたいものだ。気まずいけど。

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