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【冒頭無料公開】 名前のないお面

こんにちは、こんばんは。はたまた、おはようございます。

ナカタニエイトです。

「名前のないお面」の冒頭を無料公開をします!!この機会にどうぞご覧ください。

もしお気に召していただけたら、感想を呟いていただいたり、スキしていただいたり、ご購入などもいただけるとめちゃくちゃ嬉しいです。

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「おにい、おめんがとんでっちゃうよ」
 風もないのにふわりと浮かび上がった結(ゆい)のお面を「ちゃんと被ってなきゃダメだろ」と言いながら捕まえる。きちんと被っていれば良いものを。頭に引っ掛けるようにして歩いているから悪いんだと伝えるが、はたして結にどこまで理解できているのだろうか。十までの数をようやくつっかえずに言えるようになってきた妹に、興奮するなというのも酷だろう。俺だってこの中にいれば、顔が綻んでしまう。
 一回り近く歳の離れた妹の姿を見ながら、やれやれと思う。結はお面を飛ばしてしまったことを悪びれるそぶりもなく「あのひとはにんげん、あのひとはおばけ。あのひともおばけ、あのひとはにんげん」なんてケラケラと笑っている。
 この辺りにしては珍しくこんなにも多くの人がいた。その中を黄色に赤に橙、青といった色とりどりの灯りが所狭しと並んでいる。どこかの屋台から漏れる濃厚なソースの匂いが鼻をくすぐってくる。その隣には、大きな赤い林檎がてらてらとした水飴にくるまって売られていた。こんな時間まで明るく煌びやかなことも滅多にはない田舎なので、大人も子供も時間を忘れてこの神社に集まってきているのだ。
「おにい、きれいだねぇ。えんにち」と結が笑い、お面を再び頭の脇へと引っ掛ける。お面の下からは新種の生物のような顔が現れた。出目金の如くとび出さんばかりに輝いた瞳に、フグのようにぷくーっと膨らんだほっぺた。その顔を見て吹き出しそうになる。
「ねぇ、ねぇ、あのひとはにんげんかなぁ。おばけかなぁ」
 結が突然に俺の袖を引っ張るものだから、手に持っているたこ焼きを落っことしそうになる。
「んー、あれは……人間だろうな」
「えー、ゆいはおばけだとおもう」
 縁日にはお化けが潜んでいる。そんなまことしやかな噂を聞いたことはないだろうか。多くの人間が集まるところには、その生気にあやかろうと化け物も寄ってくるというお話の類だ。
 結はそれを信じて、縁日にいるお化けを見つけ出すことに躍起になっている。さらに厄介なことに、母が昨夜に吐いた嘘を本気で鵜呑みにしてしまっている。「縁日に売っているお面を被ってその人を見るとね、本物の人間か実はお化けかがわかるのよ」などというデタラメだ。それだけに飽き足らず、「でもね」と母は続ける。「お面を使うためには、結はそれ以外を手に入れてはいけないの」などと平気で嘯いていた。そのおかげもあり、今年の縁日ではお面以外のおもちゃを買わずに済んでいる。母は策士だ。
 そんな母とのやりとりを思い出しつつ、俺は再度、結に確認をした。
「顔のないお化けが見えちゃったりしたら、結、怖いんじゃないか。大丈夫か」
 結は首を激しくプルプルと横に振る。怖いという気持ちよりも楽しいという気持ちの方が大きいようだ。怖いもの見たさというものなのかもしれない。
 それにしたって、本物のお化けなど見えるようにならない方が良い。そうに決まっているのに。そんなことを思いながら、俺の意識は少しだけ遠くへ飛んでいた。

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 あれは今日とは打って変わって、寒い寒い一日だった。今すぐに雪が降ってきてもおかしくはない。そう思うほどに灰色の雲が空一面に敷き詰められていた。
 その日も家には祖父と俺だけだった。確か、結が熱を出したか何かで、母は自転車の後ろに結を乗せ、町唯一の医者へと向かっていたはずだ。その当時、母はまだ小さい結に何かと付きっきりで、俺は祖父と二人で家にいる機会が多かった。
「あぁ、今日も寒いねぇ。唯縁、大丈夫かい。寒くはないかな。もっとあったかくした方が良いかね」
 縁側の軒先から見える空模様を気にしながら、祖父が俺に声を掛ける。しかし、俺の回答も聞かずに、布団から起き上がろうとしていた。祖父は体が悪い。一人で立つのもやっとだというのに、いつだって孫のことばかり心配していた。今だって、俺が寒いだろうから暖炉に薪を焚べようとしたに違いない。それでも、祖父はなかなか立ち上がることができない。「あー」だの「うー」だの呻きながら、両足を地面に着け、懸命にもがくも、どうしても立つことができずにいる。
 俺にはそれが少しばかり疎ましかった。だから、「大丈夫」の一言で祖父の行動を遮っては、用もないのに台所になど向かったのだ。
「はぁー。にしても寒いなぁ」
 俺は独りごちながら、台所のヤカンに二人分の水を入れ、火を付ける。祖父が好きな焙じ茶でも淹れて飲もうかと思ったのだ。お湯が沸くまで時間があったので、食卓の上に置いてあったみかんを数個拝借し、皮を剥いては口に放り込む。今年のみかんは特に甘いようだと母が言っていたが、まさしくその通りだ。俺はそのまま無心で二、三個をペロリと平らげる。
 しばらくしてピーッという甲高い音と共にお湯が沸いたことが知らされる。
 湯呑みを取り出し、急須に茶葉を入れる。亡くなった祖母がどうしてだかお茶の淹れ方にだけはうるさかった。その教育の賜物なのか、「唯縁のお茶は世界最高峰だ」とお茶を啜る度に祖父が言うものだから、恥ずかしくて仕方ない。
 お茶を乗せたお盆を持ちながら廊下を歩く。その長く薄暗い通路と木の冷えた感覚が足先から体を冷やしていく。ハーと息を吐くと、白く靄がかかる。お化けがいたら、こんな姿形なのかもなと思っていると、もうすぐ祖父の部屋だった。
 部屋の障子が見えてきたので、「じいちゃん——」と声をかけようとしたその瞬間、部屋の中から怒号が聞こえてきた。祖父以外に誰もいないはずなのに、いったい何が、と慌てる。しかし、お茶を放り出すこともできず、急いでお盆を床へと置いた。
「唯縁、来るんじゃない! 来ちゃいかん! 絶対に……絶対にこの部屋を開けてはいかん」
 祖父の声だった。あの痩せ細った祖父のどこからそのような声が出せるのだろうか。そう驚く程に大きな声だった。俺はあまりの迫力にその場に立ちすくんだ。
 それからどれだけの時間が過ぎたのだろう。実際には数秒だったのだろうけれど、お茶から漂う湯気はすっかり息を潜めていた。
「じいちゃん——」
 俺は意を決して、祖父の部屋を開ける。

※本作作品はNPO法人HON.jp主催の文芸ハッカソン『NovelJam 2021 Online』参加作品です。

・お題:縁
・Design by 岸端 優奈

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こちらの作品は実質二日間で編集者の方とデザイナーの方と共に書き上げた作品になります。二日間全神経を集中させる壱の型でしたので、愛着湧きまくりです!!

というわけですので、もし宜しければご購入いただけると幸いです。さらにさらに、twitter等でご感想など呟いていただけると、めちゃくちゃ喜びます。いや、もう呟かなくてもスキなどされなくとも、読んでいただけるだけで幸せ者です。

さて、ここからは追加コンテンツです。
本編共々楽しんでいただければ幸いです。

■ご感想

感想を呟いていただいたりするのは至福ですねぇ……とてつもなくありがとうございます!!

■朗読

本編の一部をそれぞれ役者さん&声優さんに読んでいただきました。とても雰囲気が伝わる朗読でありがたい限りです。

1. 冒頭部分
・朗読者:泡沫堂 様(twitter:@utakatadou_info)

2. 回想部分
・朗読者:三楠 紡 様(twitter:@Mix3_nan_bow)

■執筆風景

初稿は初日にプロットを書いてから、五時間後くらいに書き上がりました。

たぶん参加者の中で最速の初稿入稿だったのではないかと思います。その後もゆるゆると推敲&校正を繰り返し、最終日の〆切までに余裕を持って脱稿することができました。

■雑感

初めて編集者がついて物語を書くことになりました。編集という仕事がどういったものかよくわかっていなかったのですが、とにかく「読みやすく」「わかりやすく」「売りやすく」してくれる方なのだと感じました。

そして、装丁を作られたデザイナーさんが初稿を読んだ後に上げられた書影のラフ案がこちらです。

ナカタニさん_ラフ1

まさに僕自身が思い描いてイメージ通りのデザインで上がってきてたので、とてつもなく鳥肌ものでした!!

本物の書影はさらにとても素晴らしいので、ぜひご確認ください。

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