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「先輩」という敬称

先日、アルバイト先で、新人研修を行った。
新たな仲間となった2年生の後輩はありがたいことにとてもまじめで、メモを取りながら質問しながら、積極的に僕の研修を受けてくれた。

研修自体はごく普通の内容だし、姿勢もとても立派だった。
ただ、質問や雑談の時、ある言葉が飛び出すときにどこか懐かしさを覚えた。

「『先輩』が業務で気を付けていることって何ですか?」
「『先輩』、この場合はどうすればいいですか?」

ん?先輩??
それはとても懐かしい響きだった。
自分自身が中学高校で頻繁に用い、いつしか発することのなくなった言葉だったから。

1、「先輩」がいた頃

中学時代。高校時代。
異なる学年の学生とかかわるとき、その敬称は「○○先輩」だった。

運動部ではあったが、上下関係が厳格というわけでもなく、かといって緩いわけでもなく、真剣に練習し、時には叱咤激励され、時には打ち上げと称して遊びに行く。先輩後輩問わず仲の良い部活だった。

友人の中には当時から「先輩」ではなく「〇〇さん」呼びをしていた者もいた。しかしそれはかなり少数派だったし、僕はその呼び方に慣れることはできなかった。

今以上に話しかけることが得意ではなかった僕にとって、同級生の女子の敬称も「さん」で、もちろん同級生ならタメ口、先輩なら丁寧語ベースの敬語だったが、それでも先輩に敬意を示せていなかったように感じたから。
そして、女性の先輩と男性の先輩で、敬称を変えたくなかったから。

当時はかなり呼び方に神経質になっていたのだろう。

2、脱「先輩」

大学生になり、「先輩」という言葉を使う機会がめっきり減った。
サークルでも所属する学生団体でも、授業のメンバーもゼミでも使わない。
こんなに年上の方とかかわる機会は多くなったのに、「先輩」は一人も使っていない。

大概の場合、男性でも女性でも呼び方は「○○さん」。
上下関係が厳格なわけでもなく、真剣に遊びにメリハリのある環境には変わりない。
もちろん年次が上なら敬語を使うが、呼び方は変わらない。

あえて使うとすれば、「先輩に聞く!社会人1年目の生活」などといった企画のキャッチコピーくらいだろうか。

3、そもそも「先輩」とは

「先輩」の意味を大学のデータベースで調べてみた。

(日本国語大辞典)

(1)学問・技芸・経験・年齢・地位などが自分より上の人。(中略)
(2)前任者。(中略)
(3)同じ学校に先に入学・卒業した人。また、勤務先などで、先にはいった人。(以下略)

(デジタル大辞泉)

《先に生まれた人の意》
1 年齢・地位・経験や学問・技芸などで、自分より上の人。⇔後輩。
2 同じ学校や勤務先などに先に入った人。⇔後輩。

対比的に、「さん」の意味も調べてみた。

(日本国語大辞典)

〔接尾〕
(「さま(様)」の変化した語)
(1)体言または体言に準ずるものに付いて、その方向、方面の意を添える。かた。(中略)
(2)人名、職名などに添えて敬意を表わす語。「さま」よりくだけたいい方。(中略)
(3)体言または体言に準ずるものに添えて丁寧な感じを表わす語。(以下略)

(デジタル大辞泉)

[接尾]《「さま」の音変化》
1 人を表す語や人名・役職名・団体名などに付いて、尊敬の意を表す。また、動物名などに付いて、親愛の意を表すこともある。「お嬢―」「田中―」「部長―」「お猿―」
2 体言または体言に準ずる語に「お」「ご(御)」を冠したものに付いて、丁寧の意を表す。「お世話―」「ご苦労―」「ご機嫌―」

なるほど、「先輩」は年齢・経験・入学年度等の「上下」を明確に定めるもの、「さん」はそれらにとどまらず敬意を示すものとして使われるようだ。
なんとなくは理解していたが、改めてその役割の違いを知ることができた。
あえて分類するとすれば、年齢で「先輩」をつけるのが高校時代まで、入学からの年度で「先輩」をつけるのが大学時代といったところか。

4、考察

大学時代に「先輩」を使わなくなった理由、それは「上下関係」が固定化されたものではなく、多様な要因が重なることで、時として定義に矛盾が生じ、総じて関係性が曖昧になる初めての時期であることがその一つかもしれない。

企業に入れば、基本的に年次を問わず、役職で敬称が決まるという。最近は「フラットカルチャー」「ティール組織」の傾向もあり一概に言えないが、それでも自分より年齢が上の「部下」に支持することなんて、特に大企業から子会社へ出向しマネジメントを取る際によく聞く話だ。

知り合いの社会人の方からは、先週までの部下が来週からは自分と同等の役職になることもあり得ると聞く。もちろん入社年次が違えば、年次が上の人に敬意を払う人も多いはずだが、立場のほうは比較的流動的なものだ。だからこそ、「年齢が高い=目上」の等式は必ずしも成立しない。

一方、高校時代までは、時に留学や体調などの理由がある場合もあるが、基本的には「年齢が高い」=「目上」の認識だ。そしてその関係性は、ほとんどの場合3年間継続される。

では、大学生はどうか。

大学は「浪人生」という概念が一般的になる時期でもある。この時点で「年齢が高い」=「目上」の等式は成立しない。また、その関係性が恒常的かどうかでいえば、留学・休学が一般的になっている今、1年前までの先輩が今は学年的に「同期」になることも多く、恒常的ではない。

浪人生に「先輩」をつけるのも何か違うし、留学から帰ってきた先輩もその経緯を知らない人から見れば僕と「同期」だ。一方で個人間の関係性でいえばその上下関係は少なくとも一定程度は継続される。高校時代に先輩で浪人して同期の代になった方でもため口では話せないし、休学明けの方も「先輩」に変わりない。結局のところ、先輩後輩はその関係性が個人か共同体かで異なってくるものだ。
となると、組織活動をするうえで同じ年でも「先輩」「タメ」が生じていく。これを回避し曖昧にしておくのが「さん」なのかもしれない。

また、学生団体やアルバイトなどでは、「年齢は上だが、入会時期は下」という「先輩」の定義から矛盾する場合が生じてくる。この時点で「先輩」という言葉を使うことに抵抗感が生まれるとも見える。

年齢、経験、属性間移動。
社会人になっては当たり前かもしれないが、高校時代とは異なるこの初めての曖昧な時期だからこそ、「先輩」という上下関係の明確な敬称ではなく、「○○さん」という曖昧な敬称が定着したのではないか、と考えている。

ただ、それを友人に話したところ、友人の高校時代では逆に「先輩」呼びのほうが少数派だったらしい。環境にもよるのだろうか。

この話は気になるところだから、論文をぜひ読んで実際のところを知りたい。ちょっと調べてみただけでも流通経済大学の秋山先生の論文あたりに詳しく書いてありそうな気がする。

ふとした瞬間に懐かしさを覚えた「先輩」という言葉は、実は奥深いものなのかもしれない。

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