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金ピカ本の小ネタ3:IOUはIOUだろ!

レイの
「Modern Money Theory: A Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems, Second Edition」
の翻訳書である「MMT現代貨幣理論入門」。

 この翻訳の品質が良くないなーということはちょっと読めば明らかなのですが、真面目にまとめて指摘するのもバカバカしいので気づいたときにここで書いておいたことがあります。

金ピカ本の小ネタ
金ピカ本の小ネタ2: この翻訳じゃJGPはわからんって

 そしてこれ以外に、MMTの「お金は『借用書だ』論」入門−第三回:負債論という背景という記事でも触れています。この記事から再掲します。

レイの「MMT現代貨幣理論入門」のこと

 そういう目で見ると、いわゆる「金ピカ本」における「IOU」という単語の扱いがちょっとよくないと思っているのでそれについて。

 原著ではこの単語、「IOUs」という形で340回「an IOU」という形で18回「the IOU」という形で24回、合計382回も使われていて、間違いなくこの本の最重要単語の一つです。レイ自身もそれを意識していて、冒頭の「Difinition(用語の定義)」というところで説明を書いているのです

 「IOU(I owe you=私はあなたに借りがある)」は、計算貨幣を単位とした金融債務、負債、支払義務のことを指す。それを所有する者にとっては金融資産だ。IOUは物的実体(例えば、紙に書かれたもの、硬貨に刻印されたもの)がある場合もあるし、(例えば、銀行のバランスシートに)電子的な記録であることもある。もちろん、IOUは発行者にとっては負債だが、保有者(債権者とも呼ばれる)にとっては資産だ。(にゅん修正訳)
 本の最初に用語の定義を述べる形式は学術書ではよくあるもので、議論の曖昧さを避ける意味があります。これは小説における登場人物紹介みたいなものですね。原著の382回はこれの定義を踏まえ使われているのです。

 ところが翻訳本では訳注として次のように断ったうえで、せっかく定義された一語を少なくとも四種類以上の単語に置き換える方法を採っています。

 【”IOU”もまた、原著本文では「負債」、(負債を表示した)「債務証書」の2つの意味で用いられている。そこで、前者の場合に「負債」「債務」、後者の場合には「債務証書」「借用書」などの訳語を文脈に応じて使い分けている。

 これはダメだと思います。これをやってしまったら英語版の読者がこの本から感じる「IOU感」がすっかり失われて、本来伝わったはずのニュアンスが相当欠落するはずです。せめて全個所に(IOU)という文字を入れるべきだったというのがじぶんの意見です。

 この翻訳者が「IOU」を勝手に訳し分けたことが裏目に出たケースを見たので、一言言おうかなと。

 問題だと思ったのは石塚さんのこのご発言。

https://twitter.com/ISHIZUKA_R/status/1334376079071436800

 三連のつぶやきになっているので、下につなげます。

皆様、ご教示有り難うございました。金ぴかの501頁で纏めているのですね。どこに何が書いてあったか思い出せないで。
 ぐちはさておき、そこでの記述を意訳しつつ要約します。
 (1)主権者は貨幣(主権者債務)を発行(支出)する前に、納税者に課税することで債務を負わせる。(これが主権者貨幣への需要を生む。)
 (2)中央銀行は民間銀行に当預(中銀債務)を貸し、民間銀行は中銀に債務を負う。
 (3)民間銀行は借り手に預金通貨(銀行債務)を貸し、借り手に銀行に債務を負う。
 (1')納税は、主権者の債務である貨幣を主権者に戻すことで、主権者と納税者の双方の債務がが消える。
 (2')中銀はオペなどで民間銀行に支払うことで当預は中銀に戻り、中銀と民間銀行の双方の債務が消える。
 (3')借り手の民間銀行への債務の返済は、民間銀行預金を銀行に戻すことで、民間銀行と借り手の双方の債務が消える。
 ハレルヤ!

 この「要約」はミスリーディングです。

 石塚さんは、この発言の前後でMMTにおける税の必要性の議論をされています。さらに、こう書かれている

「納税=財源⽀え合い論の図式では、国家は市⺠⾃⾝が⾃らの必要事をまかなうために形成する」というのが松尾説。これに対し、MMTは納税は、国家による徴発という本質を、貨幣発行→貨幣納税という仕組みを間に入れることで、隠蔽する仕組み、というのが(私の解釈する)MMTの考え方です。

 金ピカ本の上の個所を(1)(2)(3)とまとめることによって、あたかもそこで、「政府→中央銀行→民間銀行の順で貨幣が創造され、回収されている」という議論がなされているかのように解釈なさっているわけです。

 ところが、原文のこの箇所、まったくそういう話ではないんですね。

 ちょっとやってみましょうか。

 借用証書としての貨幣の歴史をさかのぼると、王が発行するコインや割り木もそうだったよね、という話が前段にあります。

 翻訳本では、こう。496ページです。

 歴史を遡れば、ヨーロッパの国王が発行した木製の割り符(刻み目で金額を記録した)などが、かつては負債の証拠であった。債務を記録するのにどんな素材が使われるかは、明らかに重要ではなかった。 – 割り符は単なる証拠であり、債権者と債務者の記録であった。国王は、償還に関する決まりに従って、自らの割り符債務を召喚することを約束した。納税者は、刻み目の入ったヘーゼルウッドの棒であれば何を持って行ってよいわけではない – 本券と半券がぴったり一致し、なおかつ国庫またはその代理人によってそのことが確認されなければならない。

 割り符を発行して、それを返してもらう。それだけの話です。

 原文はこうです。翻訳本はIOUを「債務」と訳していますね。

If we go back through time, we find wooden tally sticks issued by European monarchs and others as evidence of debt (notches recorded money amounts). Clearly it does not matter what material substance is used to record the debt – the tally sticks are just tokens, records of the relation between creditor and debtor. The monarch promises to redeem his tally IOU, following prescriptions that govern redemption. A taxpayer cannot bring any notched hazelwood stick – the stock and stub must match exactly, tested by the exchequer or his reesentative.

 これを踏まえて、石塚さんの「要約」を先に見ておくと、問題はここにあります。

(1)主権者は貨幣(主権者債務)を発行(支出)する前に、納税者に課税することで債務を負わせる。(これが主権者貨幣への需要を生む。)

 カッコの中の、「これが主権者貨幣への需要を生む」とはいったい???


 そのように読めてしまうのは、そのあとの部分の訳し方に問題があるからです。

  今度は原文を先に。

 Indeed, the logic must run from creation to redemption. One cannot redeem oneself from sin or debt unless that sin or debt has been created. The King issues his tally stick or his stamped coin in payment. That puts him in the position of a sinful debtor. He redeems himself when he accepts back his own IOU.

 にゅんならこんな風に翻訳するでしょう。

 まことに、論理は創造から償還の順番なのである。誰かの罪にしろ誰かの負債にしろ、それが発生する前に償還されることはありえない。
 王は支払いのために割り符や硬貨を発行する。そのことによって、彼の地位は罪深い債務者となる。彼がそこから救われるのは、自分が発行したそれらのIOUを受け取った時だ。

 ところが、金ピカ本はこうする。

 実際、論理的に考えてみても、創造から償還へ向かわなければならない。罪にせよ負債にせよ、創造されていなければ、贖罪あるいは償還(redeem)することは不可能である。
 国王は、支払いにおいて割り符や硬貨を発行する。それが、国王を罪深い債務者の立場に置く。国王は自らの債務証書を受け戻して、負債から解放される。

 この訳し方の問題は、「債務証書」が直前の「割り符や硬貨」に他ならないことがわからなくなってしまうことです。

 原因は、「”IOU”もまた、原著本文では「負債」、(負債を表示した)「債務証書」の2つの意味で用いられている。そこで、前者の場合に「負債」「債務」、後者の場合には「債務証書」「借用書」などの訳語を文脈に応じて使い分けている。」というバカな翻訳方針にあります。

 じつにもったいない!

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