見出し画像

急にかなが書きたくなって

 ある日曜の昼下がり。突然、小筆でかな文字を書きたくなりました。ずっと前から、かなの手紙をさらさら書けたらカッコいいなと思ってはいたものの、習いに行くのも面倒だし、ずっとうやむやにしていました。ところがその瞬間は発作のようにやってきて、母のお古の硯箱を開け、墨をすってみました。

 墨はすれたし、何を書こう。「春はあけぼの」。枕草子が浮かびました。高校生のころに覚えた序文が、筆の先からこぼれます。これが「いずれの御時にか」では、どこまで書きつづければいいのだろうかと、あまりの長さに不安になるし、「つれづれなるままに」では、「あやしうこそものぐるほしく」なりそうだし、「ゆく川の流れは絶えずして」では、すっかり気が滅入ってしまいそう。ちょうどいい長さで、表現力が豊かで、晴れやかな気持ちになれる。清少納言のセンスのよさをあらためて感じます。

 日本語は本来、縦に書くもの。筆で文字を書くと、それがよく分かります。かな文字は縦にどんどんつなげてゆける。つなげ方は我流でも、筆は自然に動き、文字はつながってゆく。力を入れずに書けるから、手がまったく疲れない。筆という文房具はすごいなぁと、長きにわたって親しまれてきた理由が分かったような気がしました。

 その後も日曜日になると墨をすり、好きなようにかな文字を書き連ねています。誰かに見せたいわけでもない、手紙を書きたいわけでもない、下手でも別に構わない。パソコンやスマホのおかげで、すっかり文字を書かなくなってしまった反動かもしれませんが、ただ書きたいから、書くのがおもしろいから、書いています。初めてひらがなを覚えたときのように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?