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キリストを100%理解してから信じたわけではなかった・・という話

"十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。"
コリント人への手紙 第一 1章18節

「このことを信じてほしいんです」

僕は32歳の時に福音と出会い、信じました。福音というのは人が作ったものではなく、神様がくださった救いの道のことです。

その時信じたのは、理解して考えて納得して信じたわけではありません。牧師さんの何かに感じるものがあったからです。

元々僕は「クリスチャン」ではあったためイエス様を信じ受け入れる事自体には抵抗はありませんでした。

それでも、知識・メリットで納得したからではなかった。その事を思い出しました。

"あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。"
コリント人への手紙 第一 3章16節

救われた(キリストを信じ受け入れた)後は確信が大事です。それについては僕の妻に大きく助けられました。

信仰の先輩である妻が人間的に優れていたとか、丁重に導いてくれたから・・それもありますが、1番の理由ではありません。

ある日、妻がイエス様とともに生きている事を味わっているのがわかったのです。その時、無条件に幸せそうでした。

"私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じます"
使徒の働き 15章11節

恵み・・というのは、こちら側には受ける資格がないのに頂いたということです。

先週は「はじめに知ってほしいメッセージ」の題で、なるべくわかりやすく!意識した記事を書きました。

でも、それよりも伝わるのは僕自身がイエス様との関係を味わっている事・・かもしれないなと思いました。

明日は主日礼拝、24時間、1番の楽しみであり喜びである福音を味わっていきたいと思います🔔


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