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夜のスパゲッティ 1/2

 テツヤはうんざりだった。
 今夜もスパゲッティ。トマト味のミートソースがかかった山盛りのスパゲッティが、白い皿の上で湯気を立てていた。
 ママの作るスパゲッティは大好きだ。今夜も、ひき肉や玉ねぎやニンニクが、おいしそうなにおいを立てていた。
 でも、うんざりなのだ。なぜなら、前の晩も、その前の晩も、そのまた前の晩も、スパゲッティだったから。
 そればかりじゃなかった。
 今日の朝ご飯は、チーズとタマゴのスパゲッティ。お昼のお弁当は、たらことバターとジャガイモのスパゲッティ。スパ、スパ、スパ。毎食続いてキリがなかった。おいしいし、食べやすい。噛んでも顎が疲れないし、楽に飲み込める。でもやっぱり、毎日毎食はうんざりだ。お母さんはテツヤを見ていた。テツヤは、お母さんの顔から目をそらしながら、スパゲッティをフォークに巻いた。
 テツヤは何も言わなかった。なぜなら、こんなにスパゲッティが続くのは、自分のせいだから。
「おにぎりきらい!」
先週のある日、テツヤはかんしゃくを起した。
「ごはん、きらい! 味がないし食べにくい」
おにぎりは大好きだ。おかかのおにぎり。鮭のおにぎり。ノリが巻いてあっても、ふりかけが混ざっていても、どっちも好きだ。でも「きらいだ」って言っちゃった。だって、隣の席のミッチャンが、「テッチャンのおにぎり、大きいね」と言ったから。
 大きいおにぎり。なんだか急に恥ずかしくなった。ミッチャンのおにぎりは、小さいのが四個。お弁当箱に行儀よく並んでいた。ピンクと黄色と緑と白。ピンクはたらこ。黄色はタマゴ、緑は青のり。白はご飯の色だけど、中には大きなからあげが入っていた。
 テツヤの弁当箱には、おにぎりが二個。白いお米に黒いノリ。
 おいしいスパゲッティも、背中を丸めて食べると味気ない。フォークにうまくまとまらなくて、ツルンと落ちる。
「そろそろ、ごはんにしないか?」
お父さんが言った。テツヤはハッと顔を上げた。だが、「ダメよ」とお母さんが素っ気なく言い、話はそれで終わった。
 ごはん食べたい。おにぎり食べたい。でも言えない。お父さんは、そんなテツヤの気持ちに気づかない。悲しくなって足元を見た。いつの間にか、長いスパゲッティが一本、のの字をえがいて落ちていた。テツヤはそれをジッと見た。白でも黄色でも、茶色でもないスパゲッティ。ふいにそれは、はしっこをきゅっと上げると、軽くふるえてから、すいッと体をのばしてはい出した。
 このスパゲッティ、生きている!
 テツヤはテーブルの下に頭を入れた。「起きなさい!」としかられ、あわてて顔を上げて、テーブルの縁に頭をぶつけた。
(つづく)

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