見出し画像

空き巣と強盗  その16

 山口弘美の葬儀は、介護施設に近い葬祭場を借り、近親者だけを招いて簡素に斎行された。喪主は長男の明徳だが、彼は前日にけがをして入院したため、急遽次男の明信が務めることになった。彼は思い切って髪を切り、長身を黒スーツに包んで、会場入口で弔問客を出迎えた。彼のとなりには、和装の喪服を着た長江礼美の姿があった。
 受付は、明徳の妻子。名簿を前に、神妙な顔つきで立っていたが、霊前の中身を確認することを忘れなかった。明孝の後輩の結城が駐車場係をした。明孝は、斎場に控えていた。
 空には雲一つなかった。
 山口家と、母方の親族が続々と現れた。予定では、付き添いも含め、百人程度になるはずだった。父母の世代はみな高齢者。たいていの者が杖を突いており、車椅子も何人かいた。父も母も、普段親戚付き合いをしない人だったが、古い武家の一族なので、こういう時には自然と人数が揃うのだ。
「ノブちゃん」
ひょいッと手を挙げて挨拶をした、丸顔の男。実平小太郎だ。明信は慇懃に頭を下げた。
 施設の介護士も現れた。担当職員とその上司だ。最後に世話になった人たちなので招待した。それから、入所者の代表。ただ、弘美と一緒に入所していた者はまだ事件のショックを引きづっていたので、新規入所者が選ばれた。頼元皆人だ。車椅子の彼は、三人の付き添いの男たちに連れられて斎場へ入った。
 定刻になった。
 まずは、修祓。神葬祭だ。白い衣の神主が、祓詞を上げ、大幣を振って来場者を清めた。
 次に、祝詞奏上。神主が改めて遺体と祭壇の前に立ち、恭しく二拝した後、祝詞を開いて読み上げた。参列者は起立した。
「このかんなびに、宮柱太敷き立て、高天原に、千木高知りて、」
明孝は礼美のとなりに立った。前列は父母の親族。向かって左が父方、右は母方。禿げや白髪の黒服がずらりと並んだ。後方に、わずかな来賓。最後列に、居眠りをしている頼元親分とその子分がいた。
 斎場の係員が、不審げに彼らを眺めた。
 頼元の脇に控えた三人。一人は、きちんと礼服を着て、ネクタイをしていた。だが、短髪の中年男は、長袖Tシャツの上にプリント柄の開襟シャツを羽織り、坊主頭の若者は、ナイロン地のジャンパーにジーンズだ。単なる付き添いで、式典まで参加するつもりはなかったので、ドレスコードを間違えたのだ。
「着替えて来い」
影原甲子夫は、大庭と神山に言った。
 着替えろと言われても、替えはない。斎場を出た二人は、駐車場でタバコを吹かした。
「すみません、ちょっと、すみません」
車の間で誘導棒を振っていた若者が、笑顔で歩み寄って来た。
「ここ、禁煙なんで。すみません」
ハッとするような美男子。切れ長の目、高い鼻、白い肌。大庭は首を捻って彼を見上げ、「いいじゃねえかよ、ああ?」と反抗したが、背が低い彼が凄んでも、古猫が怯えているようにしか見えない。神山は男に背を向けて、携帯用灰皿でタバコを消した。
 黒塗りのベンツが入って来た。係の男はそちらへ駆け寄った。その隙に、大庭は三口ばかり煙を吐いて、吸い殻を足元に捨てた。
「ポイ捨ては、罰金じゃい!」
いきなり怒鳴られ、大庭はビクッとなった。
 太鼓腹に二重顎。頭の禿げ上がった大男。時政会会長、時政三郎だ。サングラスをかけた子分二人を引き連れた時政は、「大庭!」とだみ声を上げた。
「受付はどこじゃい。案内せえ」
大庭は慌てて駆け寄り、ペコペコ頭を下げた。何がどうやら、彼には見当がつかなかった。
 今を時めく任侠団体の組長が、こんな、縁もゆかりもない老婆の葬式に顔を出すとは。
 受付に、明徳の妻子と、実平小太郎が立っていた。「お待ちしていました」と言う彼に、時政は「オウ」と軽く挨拶し、香典を押し付けた。記帳は連れの子分がした。小太郎は封筒を明徳の娘に渡し、時政の手を取って斎場へ案内した。
 祝詞はまだ続いていた。親族のすすり泣きがあちこちで上がっていた。
 頼元親分の左脇に、影原が控えていた。時政は、右脇に立とうとした。近頃間柄は冷え切っているが、組では稼ぎ頭だ。
 だが、後ろに目があるわけでもないのに、影原は、彼より先に右脇へ移った。彼は舎弟頭であり、時政は弟分だ。この位置が正しい。
 時政は憮然となった。ジジイめ。彼は影原を押し退け、頼元の脇に立った。
 影原も黙っていない。時政を肩で突き飛ばし、前につんのめらせた。
「何しやがる!」
とうとう時政は声を上げた。
「野良犬に、寝床を教えてんだよ!」
老ヤクザ二人、つかみ合いの喧嘩になった。
 時政の連れて来た若者が駆け寄った。そこへ、大庭が立ち塞がった。彼は震える手で銃を抜き、二人へ向けた。
パン、パン!
二人のチンピラは、頭を抱えて逃げ去った。
 罵声を上げる時政と影原。慌てて銃を隠す大庭。彼はまだ発砲していなかった。時政会のチンピラは、神主の柏手に驚いたのだ。
一人、車椅子で居眠りする頼元親分。実平小太郎と、斎場の係員が老ヤクザ二人の間に入ったが、二人は彼らを跳ね飛ばし、殴り合いを始めた。斎場は騒然となったが、神主は式を滞らせず、玉串拝礼に進んだ。まずは、喪主の明信。次に、明孝。それから、親族たちが続々と祭壇に玉串を捧げた。
(つづく)

※その17へはこちらから。
空き巣と強盗  その17|nkd34|note

※その15を見逃した方はこちらから。
空き巣と強盗  その15|nkd34|note

※気に入った方はこちらもどうぞ。
第二次戦争|nkd34|note

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?