空き巣と強盗 その15
昼にも陽の差さない、両側に住宅の迫る狭い道を、ライトバンは下った。神山は、両サイドのウィンドウを下げた。五月の風が、車内の空気を洗い流した。
後部座席で、亜美が金庫のダイヤルを回していた。回しながら、蓋を引く。硬い。
「開かないよ」
「開くよ」
重い。びっしりという感じだ。札の重さだ。それほど大きな金庫ではないが、強引に詰め込んであるのだ。
亜美は声を上げた。弾けたように蓋が開いた。札が飛び散った。全て一万円札だ。
神山は急ブレーキをかけた。亜美の膝から金庫が落ち、足元に札が散らばった。
カワサキのトレールバイクが、通りを塞いでいた。フルフェイスメットを被り、黒革のスーツを着たライダーが、道の真ん中で尻を突き出し、キックスターターを懸命に蹴っていた。エンストして動かないのだ。
踏み倒すのは簡単だ。
だが、今日の獲物はもう手に入れた。ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。神山は、強盗団を組織するリスクに思い至った。僅かなカネで犯罪に手を染める連中はすぐに見つかるが、所詮その場限りの日雇いだ。彼らの口からことが露見しないとも限らない。
似たような考えの連中は、いくらでもいる。収益が確実であれば、強盗も厭わない連中が。そういう連中に仕事をさせ、途中で奪うことで、リスクを回避する。神山は、サングラスの男に標的の家の情報を流し、彼が強盗団を組織してこの日に襲撃することを確認した。ここまでは、安見亜美とのんびり歩いてきた。見張りの男をノックアウトしたのは彼だ。
バックにギアを入れた。
また、ブレーキを踏んだ。札を拾っていた亜美は、座席の下に転げ落ちた。
ランニングシャツの男が、住居地図を片手にキョロキョロしていた。チラシの配達員だ。
彼は苛立って、クラクションを長押しした。
「タイチ!」
亜美の声を聞いて振り返ると、助手席の窓を激しく叩く男がいた。黒革つなぎのライダーだ。「すみません、ちょっと、すみません」彼はメットを被ったまま尋ねた。
「ここらに、公衆電話、ないっすかね」
「あ、いや」
神山は身を乗り出して答えた。
「オレら、この辺の人じゃないんで」
運転席側のウィンドウから、ぬっと太い腕が差し込まれた。腕はロックを解除してドアを開いた。慌てて振り返った神山は、肩を掴まれ、どうッとばかりに路上に投げ出された。
ライトバンは再び走り出した。バイクには、ランニングシャツが乗っていた。神山は追った。カネと亜美をさらわれた。しかし、バイクとバンは軽快に坂を下り、易々と彼を引き離した。途中、急停車して、後部座席から亜美が突き出された。
神山は、彼女に駆け寄って助け起こした。「泣くなよ」唇をかむ彼女を励ました。
「オレたちのカネだ。絶対、取り返す」
(つづく)
※その16へはこちらから。
空き巣と強盗 その16|nkd34|note
※その14を見逃した方はこちらから。
空き巣と強盗 その14|nkd34|note
※気に入った方はこちらもどうぞ。
奈恵子|nkd34|note
※『カクヨム』に書き下ろしを掲載しています。ぜひご一読くだされ。
ステキな死後を演出します! - 株式会社U〇加工(nkd34) - カクヨム (kakuyomu.jp)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?