流れをどう捉えるか
昨晩、考えていたタイトルですが、ちょうど良いツイートに出会い付記しました。
自分で流れを創り出せるほどの力があればそれが1番だけど、大抵はそれは困難で。流れを創る為の水路を設計し、掘っていくということで目的地に辿るまでにはかなり大変だと言えそうです。
だから人が作った流れ、世間の流れを一切無視するのは得策ではないし、不必要に抵抗する必要もないでしょう。
ただ大河であることが「正解」である訳でもないし、まして唯一の解であろう訳でもありませんよね。
たとえ見た目は細くても、誰もが選ぶような水路でなくても、自分の目的や目標、辿りたい場所、進んでいきたいと思わせる何かがその進路にあることが大事だと思う。
正直もう、今の延長線上に未来が予測出来るという訳ではない。何がどうなっていくかも解らない。従来「安定」だと信じてたこと、大河でさえもその先は行き詰まり、行き止まりかもしれず、最もリスキイな選択かもしれない。
若いうちからやりたいことをやってどんどんそこから学び、経験を積む。これから益々そういった行き方が強い気もする。でもそれだって解らない。
解らないからこそ自分で考え、自分に向いてそうな道を選び、進んでいきたいものですね。
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