閃き💡劇場③

私は山田玲子。結婚をしていて、近所の喫茶兼ケーキ屋さんでパートをしている。
昔から甘いものが好きなのと、美味しそうなケーキを見て、幸せそうな顔で買って行かれるお客様を見るのがとても幸せだった。

そんなある日、新しくパートの女の子が入ってきた。名前は秋山みずほ。その子は私より10歳年下で、すごく可愛く、愛嬌が良い子だったが、中々仕事を覚えず、いくら言ってもメモをとらない。だからミスばかりだったが、オーナー夫婦は何故か彼女を庇っていた。
いつか大きなミスをする…。そう思っていたら、本当にその時が来た。お客様の予約していた商品を間違えたのだ、幸いお客様が欲しい商品はあったので事なきを得たが、お客様は帰る時まで彼女に対して怒り続けた。

『ふぅ。』
ようやく1日が終わった。あんな事もあったし、今日は早く帰ろうとそそくさとお店をでると、秋山さんが私を追いかけてきた。
『あの!山田さん!』
『…?何、秋山さん』
私はげんなりしつつ応えた。
『少しお話できませんか?』
思い詰めた表情で秋山さんは言った。
今日は予定はないが流石に疲れた。しかし…。
『いいわよ、駅前の喫茶店でいい?』放っておけない。そう思い私はそう答えていた。

『今日はありがとうございました。そして申し訳ありません。』
『いいのよ、仕事なんだから』
私は素っ気なく答えた。
『実は私、いままでの会社でトラブルばかりだったんです。こう言ってはなんですが、私は人に好かれる顔をしています。だからいつも男性社員には優しくされたりするのですが、女性社員にはいつも嫌われて、仕事もきちんと教えてもらえなくて、居ずらくなり辞めてきました。』
秋山さんは涙ぐみながら話してくれた。
『学生時代も似たような感じで、誰もちゃんと仕事を教えてもらえなくて、ちゃんと仕事を覚えることが上手くできません…、もう20代後半になるのに恥ずかしいですが、山田さん。私に仕事の覚え方を教えて欲しいんです!お願いします!』
秋山さんはそう言うと頭を下げていた。
『ちょ、秋山さん、落ち着いて。顔を上げて!』
周りの視線が気になった私は慌ててそう言った。
『なるほどね…。愛嬌はいいのよ、秋山さん。そこは秋山さんの武器よ』
私は考えながら言った。
『でもお話から察するに、仕事を覚える方法ができてないのね。メモを取れとか言われなかった?』
『言われた事はあります。でも上手く書けなくて…、諦めてました。』
『そこを改善しましょう。まずメモを2種類用意して、一つはとりあえず書く、教えてもらったことを書き留めるメモ。書ききれないなら、キーワードを書いておいて、後で落ち着いたらまた質問しなおせばいいわ。次にマニュアルノート。業務ごとに項目で分けてとりあえずメモに書いた内容をそれぞれの項目に振り分けて清書するの。仕事をしていてわからなければそのノートを見る。清書するときわからなければ、聞いてもらえればちゃんと教えるから。
そして、疑問点は質問すること。なんでもいい、忙しい時は難しいけど落ち着いてる時はちゃんと答えるから』
『うっ…うう』
私が一気にそこまで話すと秋山さんは泣き出した。
『ちょ、!大丈夫?』
『私、女性にそこまで優しくされたことないから嬉しくて…、早速ノート買って明日から頑張ります。』
『大丈夫。頑張りましょう』
気が付くと私は秋山さんの手をにぎっていた。

最初の数日はどうなることかと思っていたが、素直にメモを取り、きちんとまとめるようになっていった。質問もするようになり、半年になる頃には見違えるように仕事ができるようになった。
それから1年、2年と過ぎていったが、夫が転勤をすることになり、私はそれに付いていくためケーキ屋さんを辞めなければならなくなった。

『寂しくなるね…』オーナー夫婦を始め秋山さんも最後の出勤日には涙を流しながら花束をプレゼントしてくれた。
そしてクリスマスの日。
荷物は先に引っ越し先に送っており、この日に夫と二人で転居先に向かう手筈だ。だがその前にケーキ屋さんを見たいと私は夫にお願いし、お店から離れたところから見ていた。すると秋山さんが臨時で雇ったアルバイトの子達にテキパキと指示しながら客引きをしている姿を見つけた。
その姿を見たとき、私は目頭が熱くなった。これでよかったのだ、もう大丈夫。『おい、大丈夫か?』夫が心配そうに声をかける
『うん、大丈夫。行きましょう』
こうして私達夫婦は新しい土地で幸せに暮らした。

いつだって、何歳になってもやり直せる。それを感じさせる出来事だった。

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