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「ほめる」の思枠

「今週の思枠(おもわく)」──『思考の枠を超える』予告編<第5回>
篠原 信(農学博士)

新型コロナウィルス対策で突然の休校となり、子どもと長時間どう過ごせばよいのか、接し方に悩む方も多いかもしれません。「今週の思枠」第5回では、親子の関係を逆にギクシャクしたものにしているかもしれない「ほめる」思枠について考えてみます。
本連載「今週の思枠(おもわく)」は、発売されたばかりの篠原信さんの新著、『思考の枠を超える 自分の思い込みの外にある「アイデア」を見つける方法』(日本実業出版社)の予告編的エッセイです。

「ほめる」と自己肯定感は失われる?

「ほめる」ことは自己肯定感を高めると信じられています。子育て本や部下育成本にもそう書かれています。私も最初の本(『自分の頭で考えて動く部下の育て方』文響社)ではまだ整理しきれておらず、「ほめる」という言葉を使っていましたが、2冊目(『子どもの地頭とやる気が育つおもしろい方法』朝日新聞出版社)から、意識的に「ほめる」を避けるようにしています。むしろ自己肯定感が失われてしまうためです。

「ほめる」ということは、知らず知らずのうちにある種の「期待」を伝えることになります。努力してほしい、毎日勉強してほしい、という期待です。すると、 努力しない僕は、毎日勉強しない私は、果たして愛してくれる だろうか? 肯定してくれ るのだろうか? という不安が生じます。 ほめるから自己肯定感が失われる逆転現象が起き得ます。

「結果をほめるのではなくプロセスをほめよう」と、子育て論でも部下育成論でもよく指摘されています。しかし、結果でなくプロセスをほめるにしろ 、上述のように 自己肯定感が失われかねません 。 いつも努力する自分、毎日勉強する自分でないと認めてもらえないかもしれない、という裏のメッセージが伝わり、不安にさせるからです。

自己肯定感とは、あるがままの自分を認めることができる感覚です。努力しなくても、勉強しなくても自分は自分であるだけでいいんだ、この世に生まれてきてよかったんだ、生きていていいんだ、と思える感覚です。しかし「ほめる」と「期待」が伝わり、期待通りでない自分は否定されるのではないか、という不安に襲われます。

このため、子どもの場合はアマノジャクになり、「ほめる」と努力しなくなることがあります。努力しない自分、頑張らない自分でも親は好きでいてくれるだろうか、存在を肯定してくれるのだろうか、という、自己肯定感を確かめたくて。けれど当然、親は当惑し、ほめたり励ましたりしてなんとか「頑張る」子どもに戻そうとしますが、そうすればそうするほど、アマノジャクになり、何もしない自分でも肯定してくれるのかを試そうとします。

そう。ほめることには自己肯定感を不安にさせる面があります。

ですから、私は、子育てにしろ部下育成にしろ、「ほめる」必要はないと考えています。「期待」していることが伝わらないようにするためです。「期待」というマインドセット(思枠)を抱いてしまうと、どうしても期待通りにならなかったときにガックリ失望します。 そのことが子どもや部下に伝わります。

「期待」しないほうがよいわけですが、「期待しない=見捨てる」と誤解されがちです。「あなたにはもう期待しない」という言葉は、「あなたを心の中で見捨てることにする」という意味になります。こんなことをしたら、自己肯定感どころではなく、絶望に追いやってしまいます。

では、どのようなマインドセット(思枠)がよいのでしょうか。「あなたが生きてくれているだけでうれしい、存在するだけで楽しい」という思枠だと考えています。この思枠を胸に抱くと「期待」せずにすみ、しかも、自己肯定感を子どもや部下に保障することが可能になります。

さて、ここで問題 。これで自己肯定感が確保できるわけですが、これだけで努力するわけではありません。そう、実は、自己肯定感は、努力する理由になりません。自己肯定感は、努力する気力、意欲が湧くようになるための土台、基盤ですが、自己肯定感があるから努力するか、というと、そうではありません。

努力する子ども、部下を育成するには、自己肯定感だけでは足りません(ただし自己肯定感は基礎として不可欠!) 。その次のステージが必要です。それが自己効力感です。自分が能動的に動くことで、何事かが変化した、と感じられる感覚のことです。

「ほめる」を超える思枠・・・「驚く」ことと「頑張らないで」と伝えること

この自己効力感を高める接し方はなんでしょうか。私の現在の仮説では、二つ。「驚き、面白がる」こと、「頑張りすぎないで、無理をしないで」と声をかけること、です。

あるがままのあなたでよい、という「思枠」を基礎におくと、興味深いことがおきます。「驚く」ことがたやすくなります。

あるがままのあなたでいいのに、こんなことしてくれるなんて! え! 宿題やったの? そこまでしなくていいのに! 手伝ってくれるの! なんて優しい子なの! 驚きの連続。すると、子どもは得意満面。子どもは、親を驚かせるのが大好きだからです。そして、驚かせるのが好きなのは、大人になっても。

平常状態の「あなたでも好き」だからこそ、平常ではない努力や工夫を見たとき、私たちは素直に驚けます。驚くと、子どもは(部下は)もっと驚かせようと企みます。工夫すること、努力することが楽しくなります。

さて、ここで必要になってくることがあります。「頑張りすぎないで、無理をしないで」と声をかけることです。いくら子どもが、部下が、工夫や努力を重ねることが楽しくなってきたといっても、人間なのだから疲れます。休みたくなるときもあります。気晴らしもしたくなります。遊びたくもなります。それが人間です。

そんなとき、「頑張りすぎないで、無理をしないで」と声をかけられたらどうでしょうか。「そうか、自分のことを、体を壊しかねないほど頑張っていると認めてくれているのか」と、裏のメッセージを感じ取ります。それが誇らしくなります。

同時に、体を休めるということに積極的な意味(頑張るためには休まなきゃいけない)があることに気づいてもらえます。休んだり気晴らししたりすることを肯定的に捉え、気がとがめなくなります。それでいて、努力することは「驚かせる」楽しみであり続けます。

すると、バランスよく休みを取り、気晴らしをし、遊びもして、その上で楽しく工夫と努力を続けようとするようになります。

「ほめる」は「期待」が伝わるからやめること。「あるがままのあなたでいい、そんなあなたが大好き」というマインドセット(思枠)を抱くこと。その上で、子どもや部下の工夫や努力に「驚く」こと。そして、「頑張りすぎないで、無理をしないで」と声をかけること。

思考のフレームワーク(思枠)次第で、自分も相手も、行動や思考が大きく変化します。私たちは、感情や思考の組み立てを「思枠」の中で行うためです。だから、言動を改めたいなら、言動そのものを改めようとするより「思枠」を改めたほうがうまくいきます。「思枠」がそのままだとうまくいきません。

発売されたばかりの4冊目の本『思考の枠を超える』は、私たちの思考と行動がいかに「思枠」に縛られているかを解き明かし、それをいかに改善するかを考えてみました。ビジネス書として発刊しますが、子育て本としても役に立つよう、気を配りました。よろしければごらんください。

「期待」することの弊害は、拙著『子どもの地頭とやる気が育つおもしろい方法』(朝日新聞出版社)でも詳しく紹介しています。子育てに関心がある方は、こちらも読んでいただくと、より理解が深まるかもしれません。

著者プロフィール

篠原 信

1971年生まれ、大阪府出身。農学博士(京都大学)。農業研究者。中学校時代に偏差値52からスタートし、四苦八苦の末、三度目の正直で京都大学に合格。大学入学と同時に塾を主宰。不登校児、学習障害児、非行少年などを積極的に引き受け、およそ100人の子どもたちに向き合う。本職は研究者で、水耕栽培(養液栽培)では不可能とされていた有機質肥料の使用を可能にする栽培技術や、土壌を人工的に創出する技術を開発。世界でも例を見ない技術であることから「2012年度農林水産研究成果10大トピックス」を受賞。

著書に『自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書』(文響社)、『子どもの地頭とやる気が育つおもしろい方法』(朝日新聞出版)『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』(実務教育出版)があるほか、「JBpress」「東洋経済オンライン」「現代ビジネス」などに記事を発表している。

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