2022/10/31 マニュアルに人間味を加えることは可能か

 今村夏子の『とんこつQ&A』(講談社)を読む。この作品には、文章を読むことはできるが、自分で考えてその場に応じた受け答えができない人物が登場する。マニュアル人間の極致のような人間だが、作品内ではそのマニュアルを通して幸せな疑似家族が構築されていく。なんとも変わった作品だ。

 私の職場にも、Q&A(FAQ)がある。来訪者に対して、間違ったことを説明しないように、また新入りの方が説明しやすいようにと私が提案して作ることになったものだ。作成する側に立って、何を省略してどこを強調しようかと頭を悩ませた。あまり長い回答だと、覚えられないし、無難すぎても回答を文章として作る意味がなくなってしまう。自分の職場観を見つめ直す作業だった。作ってみて、自分が組織の上層部にいるような、一段高みに立った気分でいるのに気がついた。

 『とんこつQ&A』の今川さんが店のQ&Aを作る行為は、店そのものを作る行為につながっていく。店といってももちろんハードの部分ではなく、ソフトの部分だ。店の中で交わされる会話の多くが、今川さんのQ&Aをなぞっていく。今川さんが店のコミュニケーションを支配しているといってもいい。

 ファミレスやコンビニなど、チェーン展開して接客マニュアルがしっかりしている店で、マニュアル通りにしか対応しない店員さんが非難されることがあるが、マニュアルが人間味にあふれたあたたかいものだったら、それはそれでうまくいくのかもしれない。ただそのマニュアルを読んで暗記するのには相当な労力を要し、それならそんなものない方が楽だというのはもっともな結論だとは思うが……。

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