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外は憂鬱、心は晴れ

 

 電気マットを足元に敷かなくては寝れなかった。
 昨晩は酷く足が冷えて、氷のように冷たかった。足先の出た靴下を履いても、温もりが戻って来ない。
 二月以来使っていなかった足元用の電気マットを眠た目擦りながら引っ張り出して、やっと眠りについたのだった。
 理由は起きてわかった。雨が降っているのだ。それも土砂降りだ。
「これは駄目だ」
 布団から這い出てカーテンを開けると、外は一面真っ白で何も見えない。
 雨雲に覆われて暗く重い空。そこから滝のような雨が落ちて、地面を叩いている。
「うわー……どうしようかなぁ」
 今日は外に出る予定はないけれど、少し散歩でもと思っていたので落胆する。
 この天気ではどこに行っても無駄だろうし、下手すると傘を差していてもずぶ濡れになりそうだ。
 雨粒が激しく窓を叩きつける音を聞きながら、ベッドの上でしばらく考える。飼い犬のチワワも憂鬱そうに部屋の隅っこで丸まっていた。
「……よし、決めた」
 スマホを手に取ると、検索サイトを開いて調べ物をする。『青空文庫』という著作権切れの作品などを無料で読めるサイトがある。
 タップすれば、そこには芥川龍之介や夏目漱石など有名どころの小説が並んでいた。
 朗読配信でもしようか、と考えたのだ。
 ただ残念なことに、朗読配信をする上で必要な技術である滑舌の悪さだけはどうにもならなかった。
 なにより、昔から自分の声にコンプレックスを持っている私は、自分の声を聞くだけでも嫌になるほどなのだ。
 ここで配信することを諦めるのは容易い。
 しかし、そうやって何度も夢を諦めてきた私は、ここで引き返せばまた同じことを繰り返すことになると思った。
 だから、今回はあえて挑戦してみることにしたのだ。
 もしこれで上手く行けば、私にとって大きな自信に繋がるかもしれない。
 もちろん、失敗してもそれはそれでいいと思っている。
 まずはやってみなければ始まらない。
 思い立てば早速行動に移そうと、ベッドから出た。朝食を手早く済ませ、滑舌練習を行い、ヨガで身体を解す。
 準備を整えた後、漸く、片腕ほどの広さしかない小さなデスクに向かう。
 上には立てかけられたタブレットと、配信用に購入した置き型の有線マイク。イヤホンや充電用のコードが絡まり、スペースはペットボトルを一本置けるかどうかといったところだろうか。
 緊張気味な表情をしながらも、奮然する私を見て、愛犬は首を傾げていた。いつもは無言だし、そうそう慌てふためくことはないのだ、珍しくて当然だ。
「大丈夫だよ」
 頭を撫でると気持ち良さそうな顔を見せる。本当に可愛い子だ。
 私は椅子に座り、活字が羅列したスマホの画面を表示する。そして深呼吸をして心を落ち着かせると、意を決して録音開始ボタンに触れた——……。


https://stand.fm/channels/644119279afdfc28ca3288c6

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