~週刊レキデンス~ 第11回 心不全の歴史

ここ数年は心不全の新規治療薬の相次ぐ承認や報告、心不全パンデミック、緩和ケアにおける心不全診療報酬の算定など多くの心不全に関する話題が続いています。


また、薬物治療を含めたガイドラインのアップデートが2021年に日本循環器学会で行われました。特にインパクトがあったのは、β遮断薬、ACE阻害薬やARB、ミネラルコルチコイド利尿薬(MRA)を中心とした triple therapy からβ遮断薬、MRA、SGLT-2阻害薬、ARNI を中心とした quad therapy 等へと変わりつつあるところでしょう。
一体何故 triple から quad に変わるのでしょうか? どの様に心不全治療がアップデートされていったのでしょうか。


1980年代まで ①安静 ②活動の制限 ③水分摂取 の3点に基づいた治療でした。治療薬ではジギタリスと利尿剤が中心でしたが、1986年に後負荷の軽減のために血管拡張薬を用いた RCT が発表。この試験では、死亡率の改善は示されましたが、残念ながらその後を追う研究が発表されていません。


1980年代以降は、アドレナリンなど交感神経系やホルモン関連、その治療薬としてRAA系に注目していくことで、ここからACE阻害薬を心不全に使うようになっていきます。
1987年 ACE阻害薬を用いた大規模臨床試験が、CONSENSUS 試験として発表されました。結果は、プラセボと比較して死亡率が1年で31%減少。(P=0.001)

その後、冒頭で紹介したβ遮断薬も心不全に関わってきます。
当時では、β遮断薬による陰性変力作用(心筋収収縮力を減らす作用)と変時作用(洞房結節に作用して心拍数を減らす作用)から使用は避けられていました。
1996年 ACE阻害薬に上乗せする形でカルベジロール使用した US-carvedilol 試験で死亡率の減少効果が示されました。この試験の結果を受けて、本邦でも、2004年にMUCHA 試験という形で心不全に対する効果が示され、適応承認に繫がります。

その後、1999年には MRAをACE阻害薬やループ利尿薬に上乗せする方法でスピロノラクトンを使用した結果、死亡率の低下が示された RCT が発表。

2000年代に入りますと、イバブラジンを用いた SHIFT 試験が2010年に発表されます。これは心拍数の高い群に対して降圧をすることなく心拍数を下げる効果が示されました。また日本における J-SHIFT 試験では残念ながらサンプル数の不足の影響か統計学的な有意差は示されませんでしたが、複合アウトカムは改善傾向を示しました。

2011年には、ARNI=angiotensin receptor neprilysin inhibitor と呼ばれるネプリライシン阻害薬とARBをくっつけたLCZ696(サクビトリルバルサルタン)の PARADIGM-HF 試験が発表。ACE阻害薬のエナラプリルを対照に心血管死亡と心不全入院ともに約20%の減少が見られました。

そして、2015年糖尿病治療薬であったSGLT-2阻害薬 エンパグリフロジンによるEMPA-REG OUTCOME によって心不全入院の減少が示されたのをきっかけに、2017年にカナグリフロジンを用いた CANVAS 試験 や2019年に対象者を心不全患者にしてダパグリフロジンを用いた DAPA-HF 試験、2021年 エンパグリフロジンを用いた EMPAROR-Reduced 試験が発表されました。
何故「心不全入院」という主観が入り込みやすいエンドポイント(=ソフトエンドポイント)にも関わらず、SGLT-2阻害薬はインパクトが残せたのでしょうか?

恐らく、EMPA-REG OUTCOME で当初は期待していなかった「心不全入院」が減った事がきっかけで、DAPA-HF で糖尿病有無を問わない心不全患者を対象でも、複合アウトカム MACE の低下を示せ (HR:0.74(0.65-0.85))、更に「CVD死亡率」というハードアウトカムも下がりました(HR:0.82(0.69-0.98))これが、SGLT-2阻害薬が「心不全入院」というソフトエンドポイントだけに引っ張られて、結果が拡大解釈されたとは限らない可能性が高くなって来たからかもしれません。

次いで、2020年にベルイシグアトという可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬として、心不全改善効果を目的とした大規模臨床試験 VICTORIA 試験が行われ心血管死亡と心不全入院の複合アウトカムの改善効果が示され、日本でも2021年10月に発売となりました。

日本の 2017 年ガイドラインにおいては、ACE阻害薬/ARB+β遮断薬、MRAを中心とし、必要に応じてジギタリスなどを選択していく triple therapy がメインでした。しかし、2021年JCS/JHFS ガイドライン フォーカスアップデート版 急性・慢性心不全診療 においては、効果不十分のケースはACE阻害薬/ARBからARNIへの切り替えを。SGLT-2阻害薬については、 現時点では、更なる検証が必要であるものの、プラスαとして考慮されています。更に心拍数が75拍/分以上の場合はイバブラジンの追加をも考慮と変更になった。

国外での取り扱いはどうでしょうか?
EMPHASIS-HFPARADIGM-HFDAPA-HFを比較した解析では、従来の治療方法(ACE阻害薬/ARB/β遮断薬)と4群(ARNI、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)を比べると4群は心不全入院、心血管死亡率共に改善

欧州のガイドラインでは ACE阻害薬またはARNI、β遮断薬、MRA、ダパグリフロジンまたはエンパグリフロジン、体液貯留改善目的でのループ利尿薬が全ての患者に投与すべき薬剤と位置付けられた。

欧米のガイドラインではACE阻害薬,β遮断薬,MRAによる標準治療でなお症状を有する HFrEF 患者においてACE阻害薬からARNIへの変更が推奨クラスI エビデンスレベルBの治療として明記。
この様な流れから、PMID: 31736333 において triple therapy から quad therapy へと HFrEF 治療が変化していく時ではないかと論じられてます。

これからの心不全の治療はHFpEFに対して課題があります。
過去には、PEP-CHFCHARM-PreservedI-PRESERVETOPCATJ-DHFPARAGON-HF において、治療が試みられてきましたが、いずれも統計学的な有意差を示すことが出来ませんでした。 ようやく先日2021年エンパグリフロジンの EMPEROR-Preserved でHFpEFに対する有意差を示す結果が出来てました。

今後は、既存の薬と新規参入の心不全治療薬をどう組み合わせて HFrEF を治療していくか? そして HFpEF に対してどのような戦略を立てていくのか注目となります。
心不全パンデミック問題は、日本だけではなく世界中で高齢化等の影響により心不全になる人は増えてきています。新薬の使用や繰り返す再入院によって予後が悪化していく心不全はこれからの医療経済的にも負担がかかっていきます。これらの問題に我々はどう立ち向かっていくべきなのでしょうか。

参考;
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