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マーダーミステリーの魅力についてあらためて考える

この文章はマーダーミステリーアドベンドカレンダー企画の一環として執筆しました。
マーダーミステリーの作者や店舗経営者などではなく、一介のプレイヤー兼素人GMに過ぎませんが、マーダーミステリー数百作品のプレイ経験と本業であるデジタルゲーム開発者の知見を活かし、マーダーミステリー作品のレビューや業界にまつわる話をnoteで公開しています。

なぜマーダーミステリーを選ぶのか

マーダーミステリーファンにとってはいまさらな問いかけでしょうが、「マーダーミステリーの魅力」とは何でしょうか?
手軽にゲームを遊びたいのであればスマートフォン向けゲームが大量にありますし、迫力あるゲームをプレイしたいのであれば家庭用ゲーム機向けゲームが圧倒的な体験を提供してくれます。
推理という面では推理アドベンチャーというジャンルが存在していますし、ゲームではなく推理小説や推理ドラマを見るという手だってあります。
無数にエンターテイメントがある中で、なぜマーダーミステリーを選ぶのでしょう。

「殺人事件が起きて、プレイヤーが全員容疑者で、キャラクターになりきって犯人を探す」というのはマーダーミステリーの説明ではあっても、魅力は伝えきれていません。
「なぜマーダーミステリーをプレイするのか」という問いに答えるのは、まだ遊んだことがない人たちに魅力を伝え、マーダーミステリーの沼へ引き込むためにも必須となります。
魅力を言語化して伝えられなければ、興味を持ってもらうこともできません。「遊んでみればわかる」とつい言いたくなるのは理解できますが、説明を放棄してもいます。

そして新規プレイヤーを獲得していくことは、マーダーミステリー業界が10年、20年と続いていくための必要条件です。
現代マーダーミステリーの元年は2019年です。そしてこの2年間で専門店の数は10を超え、オンラインでも400あまりの作品が公開され、マーダー業界は急拡大しています。しかし市場規模でいえば推計3~4億円程度(作品の売上高ベース)とまだまだニッチの域を出ていません。
今後マーダーミステリーというジャンルが消えることはないでしょうが、一過性のブームを終えて細々とアナログゲームの1ジャンルとして残り続けるのか、はたまた脱出ゲームや人狼ゲームのような知名度を獲得できるのか、これからの1~2年が分水嶺となるでしょう。

いささか前置きが長くなりましたが、もったいぶらずに端的に表現すると

ほかの人と一緒に適度な自由度となりきりで推理を楽しむ

というのがマーダーミステリーの魅力だと考えています(もちろん異論は認めます)。ここには4つの要素が含まれているので、それぞれを分解してみていきます。

生身の人間とプレイする

ほかの人と一緒にプレイするというのは、マーダーミステリーの魅力を語るにあたって非常に大きな要素です。
単純にほかの人と会話する、交流すること自体が楽しいというのが1つ(なぜ他人と交わることが楽しいのかを論じるのは本稿の主旨から外れるので、アリストテレスやチクセントミハイに譲ります)。
そして生身の人間だからこそ様々な局面が生まれるというのがもう1つの理由です。
デジタルゲームでもプレイヤー同士の対戦や協力はしばしばエンドコンテンツになります。そこには人間同士だからこそ生じる駆け引き、PVEではありえない展開が生まれます。
e-スポーツが成立し、名勝負と呼ばれる数々の試合が残されるのも、人間ドラマがあるからです。

また人間同士のプレイでは、情報量が飛躍的に増えることでより深い推理を楽しむことができます。
ある行動を取った時に、その行動を取ったという事実そのものが推理の材料になりますが、それ以外にもその時の声色や目線の動き、体全体の挙動など、盤外戦術的なさまざまな情報が手がかりになります。
囲碁や将棋では人間を上回るAIが登場していますが、AIが人間を上回れるのはまだまだ限られた環境下です。シンギュラリティを迎えない限り、人間の代わりとしてAIとマーダーミステリーをプレイして楽しいという日は来ないでしょう。

両立主義的な自由度

マーダーミステリーのプレイの進め方は千差万別で、プレイヤーが取りうる行動は無数にあります。生身の人間とのプレイを楽しむためには、ゲーム環境側にそれを許容するだけの広さと深さが不可欠です。
誰がどの情報カードを入手するかというパターンは有限ですし、クローズ型ではそもそも情報の出方は画一的ですが、プレイヤーが誰と何を話すかは自由で、事実上無限の選択肢があります。なにしろ何を話すべきかという制限は一切なく、だからこそ同じ作品でもプレイヤーによってまったく展開は変わります。
この点はほとんどのデジタルゲームで実現できていない、アナログゲームらしい特徴です。オープンワールドやサンドボックスゲームは一本道のゲームと比べて選択肢は豊富かもしれませんが、たとえそうであっても取りうる行動には強い制限があり、開発者が想定した行動以外はできません。

一方で、何をすればいいかわからないとプレイヤーが戸惑うほどには自由度は高すぎません。
殺人が発生したというソリッドシチュエーションで、犯人探しやその他の目標は所与の条件ですし、何かを調べるのも「調査ポイントを消費してカードを引く」ことに単純化されています。
マーダーミステリーよりも自由度の高いテーブルトークRPGであれば、同じ状況であっても殺人事件の犯人を探さないという選択すらありえますし、何かを調べるのであればどうやって調べるのか(往々にしてどの能力値やスキルで判定するのかも)プレイヤーが考える必要があります。
それはそれでプレイヤーが考えられることが増えて自由な発想で話を展開させていく面白さがありますが、不慣れな人にとってはどうやってゲームを進めればよいかすらわかりません。
マーダーミステリーは一定の自由度がありつつも、ゲームプレイの指針はあるという決定論の視点で両立主義的なゲームです。

カジュアルな没入感

ロールプレイについても中庸的であり、自由度と同様なことが言えます。
登場人物やその性格、生い立ち、行動目標が用意されていて、それをプレイヤーが演じるからこそ、客観的ではなく主観的にストーリーを体験し、ゲームの世界へより深く没入することができます。
ほかのプレイヤーと協力して推理を働かせるアナログゲームとしては、脱出ゲームや人狼ゲームといったものがありますが、これらのゲームにはロールプレイはほとんど無い要素です。アゴンはあってもミミクリーはありません。
自分=登場人物になるからこそ、より情動的でイマーシブな体験を味わえます。

だからといってロールプレイに関して、プレイヤーへの負担はそれほど大きくありません。
プレイヤーが演じる人物のキャラ作りから行うわけではなく、どういった人物なのかという下地は用意されています。
演劇ではないので最後まで演じきる必要もなく、ロールプレイを放棄してもゲームは成立します。負担が軽いという良い意味でフレーバー的な要素にとどまっています。

論理と気づきの推理

マーダーミステリーは「犯人探し」のゲームです。ソーシャルな面やイマーシブな面はありますが、根本としては論理的な推理を楽しむゲームです。
遊びの中には身体能力や瞬発力が必要となるもの、運否天賦の偶然性が高いものもありますが、そうではなくて腰を据えてじっくり考える知的な遊びです。
知的だから高尚だと言いたいわけではなく、単にそういう類のジャンルということです。義務教育で学ぶ論理能力があれば、どの作品も十分に楽しむことができるはずです。

また囲碁や将棋のようなマインドスポーツや人狼ゲームは同じルールで繰り返し遊べるがゆえに、パターン学習の経験や定石がモノを言いますが、同じ「マーダーミステリー」と謳っていても作品ごとにルールが違っているため、マーダーミステリーは数をこなした人が上手いということには必ずしもなりません。
もちろん初プレイの人とベテランでは差は出るものの、10回もプレイすれば基本的な進め方は学べます。
勝ち負けがすべてではなく、定石がないというのは初心者にもやさしい点です。

唯一無二のゲームジャンル---それがマーダーミステリー

「対人プレイ」、「適度な自由度」、「カジュアルなロールプレイ」、「論理的な推理」

これら4つの要素のどれかを含むゲームジャンルはすでに存在しています。
マーダーミステリー初期のプレイヤー層は「テーブルトークRPG」、「人狼ゲーム」、「脱出ゲーム」のいずれかの経験者が占めていますが、それはこれらのゲームがマーダーミステリーと共通する魅力を持っているからです。
しかし4つの要素がすべて揃っているゲームジャンルはほかになく、複合的な魅力こそがマーダーミステリーを唯一無二の存在たらしめています。

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