DAHMER(ダーマー)を観た。

ミルウォーキーの食人鬼は言う。
「ぼくはゾンビを作ろうと思ったんだ。」

舞台はアメリカ。
先進国と名高いその国の裏側には、犯罪大国という現実がある。

ジェフリー・ダーマーという男が引き起こしたとある事件は、史上最悪の連続殺人事件として今なお語り継がれている。
現地のタクシーが行くのを拒むスキッドロウでも、治安が最悪と言われるデトロイトでもなく、ウィスコンシン州・ミルウォーキーにて悲劇は起こった。

ウィスコンシン連続殺人事件。
今回視聴した作品は、一連の事件の発覚とその後を描いたものだ。
なんといっても進みがとてもゆっくりで、ドラマや映画とはまた違ったテンポ感で話が進む。
過度な展開を期待してしまっている自分に気づき、いやいやこれはノンフィクションだしそう思うのはちょっと違うな、と何度も思った。
あくまで現実に起こったことを淡々と、だけど確実に悪寒が走るような演出を少し混ぜつつ再現しているのだろうと肌で感じた。

しかもこの作品のすごいところは、主人公であり殺人鬼であるジェフの視点だけでなく、事件に巻き込まれた被害者、そして被害者の家族。そして加害者の家族の視点も含めて話が進んでいく事だ。

例えば、当時事件があったアパートの隣人や住民。
日々充満する腐臭を不審に思いながら暮らし、何度警察に訴えても取り合ってもらえず、最終的にジェフから何とか逃げ出した青年によってしっかりと捜査が行われた描写などは、もう何というか差別的であまりにも現実的で嫌気がさした。
「何度も警察に言ったのに」「何でもないって言ってたのに」と声を張り上げるシーンは序盤にも関わらず胸が痛くなった。と同時に、こんな感じのがずっと続くのか…とため息。(後々この事件に関して警察は失態を重ねたとして凄まじい警察批判が起こる。このように人種や性差別が蔓延る現状こそがこの事件の発覚や逮捕を遅くしたに違いない。

その後アパートで暮らす人々は皆、ジェフリーの幻覚や悪夢に悩まされる事となる。
壁を隔てて一枚向こう側。通気口から漂う腐臭。きこえる悲鳴。いわゆるPTSDに近いものを隣人達は抱えていたのではないだろうか。
また被害者家族も、ジェフが面白おかしく世紀のシリアルキラーとして持ち上げられることに対し、激しく憤りを感じ、どんなに怒りが込み上げても息子は戻ってこないという悲しみと虚無感に打ちひしがれると言った描写は流石に見ていられなかった。

彼が奪った尊い命、その数17名。
その全員が黒人であったり、ヒスパニック系の性的マイノリティの人々だ。
冷蔵庫の中には人間の頭部、そして冷凍庫にはパッキングされた人間の部位。使用されたドリルや包丁には夥しい血液、体液、血肉でベタベタ。食人していたことが見て取れる。頭蓋骨は綺麗に漂白されており、また家の中のドラム缶にはまだまだ血肉や皮膚が付着した骨が酸の中に沈められていたという。

「ゾンビを作ろうと思ったんだ」とジェフは言う。
生きたままの被害者頭部にドリルで穴を開ける。そこに酸を流し込み、知性をなくす。そしてそのまま言うことを聞くだけのゾンビを作るつもりだった。
そんなどうしようもないことを説明するのと同時に、「殺した人間を要らない人間だと思ったことなんて一度もない。こんな事してはダメだと思った。罪悪感が消えたことはない」ということも言っている。
落ち着きのある物腰柔らかそうな青年である彼の思考は、最早まともではないのだ。

ジェフリー・ダーマー。
彼の名前と事件だけが世に知られている昨今だが、この作品は彼自身よりも周りの人間にフォーカスした一種の宣言だった気がする。「彼をヒーローと呼ぶ者もいるが、それは明らかに理性が伴っていない畜生なので是非ここで言っておきたい。彼はただの殺人鬼である。」などと言った強い意志だ。

現に当時、ジェフ自身のストーリーをメディア化した際は被害者家族が声を挙げた。
加害者家族、ジェフリーの父親のライオネルは出版したA Father's storyの収益は被害者へと一部寄付されていたが、今作でも示唆されているように遺族はこの出版に意を唱えている。

加害者家族としては、こんな子供にならないようにという警告を込めての出版だとしても、遺族からしたらたまったもんでは無い。自らの家族を金食い虫にされているような感覚になる。今なおも裁判は続いているという。(はたして終わりはあるのだろうか)

そんな事件をひき起こしても尚、父・ライオネルはジェフのことを心から愛しているのだ。親と子は血のつながりだけでなく、心からの絆で繋がっている。作中でも「お前を許そう」と語りかけるシーンがあるが自分は子供が最悪の犯罪を犯したときにそう言えるだろうかと考えるシーンだった。でも非常に無責任で腹立たしい。だってあんた、そもそもジェフリーの事そんなに知ろうともしてないし歩み寄ったりもしなかったじゃん。こういう時に父親ヅラかよ。簡単でいいな。と言った模様。

その後洗礼を受ける場面もある。
ジェスは神父からのその行為を受け、「神に許しを得た」と少しだけ晴れ晴れとした表情をしているように見える。

が、人々は許さない。

ジェフは殺される直前、「お前は許された気になっているが、神の怒りを受ける時が来る。」と伝えられて諦めたような顔をしている(ように見える)。
その後自分の罪を独白しながら、はちゃめちゃに殴打されて彼は生き絶えるわけだが、ここでジェフを殺した相手というのが黒人なのだか、因果応報を感じられずにはいられない。

彼が彼のような殺人鬼になったのにはそれなりに理由があるという人も多いが、私的には生まれながらの悪という存在もあるのでは無いかと思ってしまう。
元々悪として生まれて、完全にスイッチが殺人鬼に切り替わるきっかけが家庭内の不仲だっただけに過ぎないのではないだろうか。

今回の事件が起こったアパートは取り壊され、ジェフと被害者の出会いの発端となったバーも閉店している。
慰霊碑は無く、そこはただの空き地となっている。
事件の凄惨さを伝えるものは今やネットのみである。

世間を賑わせ、彼のした酷い仕打ちを忘れぬようにと慰霊碑を願うものと、それに反対したものがおり最終的に何もしないという方向になったというなら皮肉なものだ。

最後にライオネルが自らの著書に掲載している文で話の結びとする。

「父親であるということは永遠に大きな謎であり、私のもうひとりの息子がいつの日か父親になるかもしれないことを考えると、彼には次のようにしか言えないし、これから父親になろうとしている人たちにも次のように言うしかない。『気をつけて、しっかり頑張ってほしい』と」

おわり。


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