エッセイ 武田正雄さん③

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2014年2月号-3月号より日本声楽アカデミー会員のテノール歌手、武田正雄さんのエッセイを掲載いたします。

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「松明を次へ…」
武田正雄 テノール

昨2 0 1 3 年はフランシス・プーランク没後5 0年ということで、主催・共催・依頼で何度もプーランクの歌曲を演奏しました。『そんな日そんな夜 Tel jour, telle nuit 』という彼の最長の歌曲集は詩も難解で演奏も至難で、私の世代ですと、修業時代、日本の先達は全く演奏してくださらず、当時発売されたL P の歌曲全集でニコライ・ゲッダが歌うのを初めて聴いて、渡仏してからおっかなびっくり勉強を始めました。幸いにして私が渡仏したころにはオペラ『カルメル派修道女の対話』初演の歌い手… 第一と第二両方の修道院長を演じたレジーヌ・クレスパン、ド・ラ・フォルス侯爵を演じたグザヴィエ・ドゥプラーズなどがパリ音楽院その他で教育活動を旺盛にしていて( オペラ座初演時のコレペティは日本で長く活動されたH・ピュイグ=ロジェ先生でしたし) 直に出会ったプーランクその人の人となりなど聞かせてもらうことができました。
今になって後進の指導が増えてまいりますと、いろいろ自分が受けてきたレッスンのことが思い出されます。“Tel jour, telle nuit” の楽譜を開いてみますと、写真のようにクレスパン先生による書き込みが出てきます。

武田先生 写真①

それを見ますと何とまあ、何度も同じようなことを注意されて書き込まれていることか。他のフランス人の先生にも既にお習いしていましたが、子音、母音についてこれほど厳しく指導されたことはありませんでした。書き込みを見ると、自分が今やエラソーに教えていることをしつこく書き込まれておりまして、忸怩たるものがあります。さらにはまた、正しい発音がただ並んでいればいいというものはないので、そこから先がようやく音楽作りです。
昨秋ダルトン・ボールドウィン氏を囲む演奏会でこの歌曲集を歌う機会があり、初めて聴いた録音のピアニストその人、しかもゲッダ氏の伴奏をした人と共演するという栄を得まして感慨無量でした。この上は自分が身につけたことを少しでも多く後進の方々に伝えていければと思っております。
我々が学生の頃に比べて、今の若い声楽家・声楽志望者たちは本当に良い声のテクニックを持っている人が増えたと思います。しかし、語感、語りかけ、そして音楽の哲学といったものについてはまだまだ進歩の余地があるように思われます。私も、半分は罪滅ぼしのために?演奏や教育の活動をしていきたいと考えております。


もう一枚の写真は同じくプーランクの歌曲『やぐるまぎく』のものです。
「マサオ・タケダへ~ 彼の『やぐるまぎく』の演奏に深く感動しました。ありがとう! ダルトン・ボールドウィン」

武田先生 写真②