エッセイ 宮部小牧さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2014年12月号-2015年1月号より日本声楽アカデミー会員のソプラノ歌手、宮部小牧さんのエッセイを掲載いたします。

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「私の1曲より~W.A.モーツァルト作曲 ラウラに寄せる夕べの想い」
宮部小牧 ソプラノ

「私の1曲」といえる曲を選ぶのは思案するものですね。思い入れのある作品は数あっても、1曲のみを選ぶのは難しく…今回は常に心にあり、歌い継いできたモーツァルトの歌曲について書くことにします。

大学入学後、ほどなくドイツ歌曲を学び始め、初めての勉強会で「Das Veilchen (すみれ)」を歌いました。ゲーテの詩に付けられた、たった2ページの作品に描かれるドラマは、小さなオペラであるかのように生き生きと色彩豊かで、歌で物語る楽しみを感じていたように思います。恩師である原田茂生先生の生きたドイツ語のご指導の元、ドイツリートの世界に魅了されて今に至ります。
モーツァルトの歌曲は多くはありませんが、軽やかで愛らしく、あるいはユーモアに満ちていて、いつでもいつまでも歌っていたいものばかりです。留学中に師事したエディット・マティス先生の、モーツァルト歌曲集のCDが大好きなのですが、どの曲もこの上なく魅力的で、いつもモーツァルトを聴く喜びをあらためて感じます。
その中でも「ラウラに寄せる夕べの想い」は、一際深い心情を歌った佳曲と言えるでしょう。「私の人生はやがて終わりを迎え、憩いの国へ旅立つでしょう。どうか私のお墓の前で涙を流すことをためらわないで下さい。」という内容が、静かに語るような言葉の運びと、長く美しいメロディラインによって演奏されます。
歌の最後に「(あなたの流す涙は、私の王冠のうちで)最も美しい真珠となるでしょう」という意の、
「dann die schönste Perle sein」という詩が、音を伸ばしたり飾ったりしながら5、6回繰り返されます。ウィーン国立音楽大学の発音法の先生が、これは、「Ich liebe dich(あなたを愛します)」と言い続けると思って、毎回大事にして単調にならないように、と助言して下さったのが印象に残っています。心をこめて歌うことによってしか満たされないフレーズと言えるかもしれません。
それ以来この作品に接するたびに、この歌も他の歌も、本当に心をこめて歌っているだろうかと振り返るようになりました。

女優・宮沢りえさんの娘さんは、楽屋から舞台に向かうお母さんに「心をこめて、ね」と言って送り出すとのこと。それはお母さんから聞いて真似しているのかもしれませんが、たった5歳(当時)の子供にも、魂をこめて演じることの大切さがわかるのかと感じ入りました。
日々の生活に追われる毎日ですが、心をこめて目の前の人や事柄に向き合うことを忘れず、声と魂の精進を続けていければと思うこの頃です。
今は不要不急を控える時ですが、やがてより大きな喜びを持って、再び皆で音楽を享受できるようになると信じて…今できることに努めながら、近い未来を待ちたいと思います。