エッセイ 馬原裕子さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2018年12月号-2019年1月号より、日本声楽アカデミー会員のソプラノ歌手、馬原裕子さんのエッセイを掲載いたします。

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「ドイツの四季」

馬原裕子 ソプラノ
 
夏から秋へ、そして秋から冬へと季節が 移り変わる頃、私はドイツにいた時の風景を思い出す。明るくて賑やかだった夏が終わり涼しさを感じるようになると、青々としていた木々たちも赤茶色に色づき、冬時間に入る頃には葉が落ち始めあっという間に木々たちは裸になってしまう。
それまで続いていた青空からどんよりとした曇り空の続く日々となり、世界は一気にカラーから白黒の世界へと変化し、寒くて暗い冬へと移行する。今まで鳴いていた鳥たちも急に鳴かなくなり人間も外に出なくなる。さらに雪が降ると音まで吸収されるため本当に暗くて静かになってしまう。  
常緑樹が多く晴天の多い東京の冬とは全く違ううえ、明るく暖かい南国で生まれ育った私にとってはこの季節の変化はとても新鮮だったが、
それと同時にどうしようもない孤独と寂しさに襲われ、今でも秋になるとその感情がふっと湧き出てくる。  

しかしその感情もただひたすら耐えることしか手段はなく、そうこうしているうちに気付けば長かった夜も次第に日が昇っている時間が長くなり始め、それまで白黒だった世界に少しずつ色が付き始める。まだ白い雪が残っている中、木々たちが一斉に若草色の新芽をつけ、春の息吹を感じた時の喜びはそれまで感じたことのない感情だった。
青々とした空が戻り、それまで黙っていた鳥たちが突然鳴き始めた声を聴いたとき、「ああ、ようやく暗くて長い冬が終わった」と実感し、冬を耐えた自分を褒めていた。  そしてその時にふと頭に浮かんできた曲 がH.Wolfの「Er ist’s」だった。
 
春の喜びを謳った曲なのだが、実際に自分も春の訪れを感じながら木々の中を歩き、自然とこの曲を口ずさんでいた。  それまで幾度となく歌ってきた曲で楽譜上では理解していたつもりだったが、なるほど、こうやって詩人たちは季節を感じ言葉に表し、それに共感した作曲家たちが音にしたのだと心から納得できた瞬間だった。  

人は自然からインスピレーションをもらい感情を動かされ、学び、芸術作品が生まれる…ドイツ歌曲には春を謳ったものが多いが、それは暗くて長い冬があるからなのだろう。  あの冬をじっと耐え、その先に明るい春の訪れがあるからこそ生まれてき た素晴らしい芸術たち。その中に少しでも身を置き経験できたことは私にとってとても大きな財産となったことは言うまでもないが、それと同時にそこから多くのことを学ばせてもらい今の自分があることに感謝している日々である。