エッセイ 柏原奈穂さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、
毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。
このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2016年10月号-11月号より
日本声楽アカデミー会員のソプラノ歌手、柏原奈穂さんのエッセイを掲載いたします。


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「自称健康オタクの舌学」
柏原奈穂 ソプラノ

2006年秋、期待と不安を胸に、イタリア・ローマへ留学をし、
そこから約7年間、多くの刺激を受け、経験をしたことは、私の歌い手としての糧となったことは言うまでもない。
そして、他国で暮らしてみると、様々なことが日本と違い、政治、経済、教育、医療等を違った角度から見ることができ、
そこから日本の良さや、問題に気がついたりすることができた。

書きたいことは沢山あるが、その中でも、イタリアの医療に触れて、気がつくことのできた自身の問題について書こうと思う。
私は30歳を過ぎてから身体を壊したことをきっかけに、健康オタクになり、身体に良いと思うものを、色々と試していた。
イタリアに滞在中も、ホメオパシー、オステオパシー、アシュタンガヨガ、フラワーエッセンス、特殊な器具を使った歯の矯正等、
興味が沸くと暫く続けて、身体や発声への変化を感じようとしていた。

その中でも、衝撃的な事実を確認できたのは、自分が「舌癖」を持っているということがわかった「舌の矯正」のレッスンだった。
普段、舌を動かしていない時、舌先を上の歯の後ろの歯茎の「スポット」と呼ばれる所に置くのが正常で、
舌の先が上下の歯の間や、下の歯の歯茎の方に置いてあるとしたら、それは「舌癖」を持っていることになる。
舌の位置が悪いと、歯を押して歯並びが悪くなり、噛み締めや歯ぎしり、肩こりの原因にもなる。
何より、嚥下の問題が起こりやすくなる。

数ヶ月かけて、舌の矯正をした結果、多くの変化を感じることができた。
私は小さい頃から錠剤を飲むのが苦手で、一錠飲むのも必死だったが、舌の力がついてからは、普通に飲めるようになった。
滑舌も良くなり、特にSの発音がしやすくなった。歌っている間に気になっていた顎関節の音も、いつの間にか消えていた。
イタリアでは、親が自分の子供の滑舌が悪いと、幼少のうちに専門の医者に診せて、舌の問題を解決するのが一般的だそうだ。
R(巻き舌)の発音ができなかったイタリア人の友人は、医者からアドバイスをもらい、練習をして、できるようになったと話してくれた。
最近見つけた「Correggere i difetti di pronuncia(発音の欠点の矯正)」という本には、
子供でも楽しんでできるような発音の練習方法が載っていて、参考になる。

お節介の私は、日本に戻ってから、知人や生徒に「普段、舌の位置はどこにある?」と尋ねてみている。
すると、かなりの確率で舌癖を持っている人に出会うのである。私は医者ではないので、
私がイタリアでしたような矯正の指導をすることはできないが、まずは問題に気がつくことで、そこから、少しずつ変わっていくことができると思っている。
あいうべ体操など、舌の体操を日本でも推奨する人が出てきたが、私は日本に住み続けていたら、舌癖ということに気がつかないで、一生過ごしたかもしれない。
舌癖と向き合った後は、舌の力をつけるべく、日々精進である。歌のためにも、健康のためにも、「舌の力」を研究し続けていきたいと思う。