エッセイ 西川あや子さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、
毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。
このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2019年8月号-9月号より
日本声楽アカデミー会員のソプラノ歌手、西川あや子さんのエッセイを掲載いたします。

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「ゆったりと深呼吸」

西川あや子 ソプラノ

私はこう見えて、身体を動かすことが大好きです。
小学生の頃は水泳部に所属し、毎日泳ぎ、全身で白いのは白目と歯だけというくらい真っ黒に日焼けをし、元気一杯過ごしていました。
水の音が好きな私は、部活動を辞めた後も時間を見つけては泳ぎに行っていて、今夏もプールで涼をとりつつ、空調で身体が冷え硬くなった筋肉を解しています。

夏になると、ふっと思い出すことがあります。
イタリアでMaestra(歌の先生)の家に下宿をしていたことです。
私はお金を貯めて時間を作ってはイタリアへ渡り勉強する。という生活を10年以上前から続けていますが、その際には、節約とイタリア語の習得のため、ホームステイを何度も経験しました。
これまで4つのイタリア人家族と生活しましたが、その内2つが歌の先生のお宅でした。

10年程前の夏。2か月間ローマに滞在して、Maestra(ソプラノ歌手)の下で勉強する予定でしたが、住む家が見つからず、Maestraの御厚意で下宿をさせてもらうことになりました。
正にイタリア語オンリーの生活が24時間。
午前11時頃レッスンが始まります。(本当は10時の約束が、お寝坊なMaestraは毎回遅刻。しかも話し好きのMaestraのレッスンはいつも2,3時間必要)
レッスン後はMaestra宅で昼食(これも毎回2時間以上!)、お腹いっぱいになったら昼寝をして、Maestraは午後の弟子のレッスンをし、夜は他の弟子たちとPizzeria(ピザ屋)へ。
就寝前には飼い犬のお散歩に付き合い、街の噴水の前に腰掛けMaestraから芸術の話を聞く。
私のイタリア語能力では、Maestraの高尚な話のほとんどを理解できず、イタリア語の海の中、私の頭は完全に思考停止。
噴水の水音とMaestraの低音でなめらかに響くイタリア語を子守歌に、ウトウト・・・。
就寝時間は毎夜遅くなり、結局私もMaestra家族も翌朝は寝坊をする・・・・。
そんな時間を気にせずに、とろけるようにノンビリとした時を過ごしていたことを思い出す度に、深く呼吸をすることも同時に思い出し、東京時間の中でも大らかさを取り戻せます。

あえてゆったりとした時間を過ごすこと。というのを、この1年程は特に意識していますが、これは歌うため(音楽を奏でるため)に大切な「呼吸」にとっても良いことがあるように思います。
今夏もローマでのとろけるようなノンビリした時間を思い出し、プールに通い水中で吐く息がポコポコと水音を立てるのを聞き、全身をゆっくり動かし楽しみながら深呼吸しています。