エッセイ 森岡紘子さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2016年4月号-5月号より日本声楽アカデミー会員のソプラノ歌手、森岡紘子さんのエッセイを掲載いたします。


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「歌のある幸せ」
森岡紘子 ソプラノ

んんん んんん んんんんんんん

1歳3か月の娘が口ずさむリズム。ご飯を食べている途中、突然始まった。ご飯を食べて、満足しているんだと思っていたら、やがて、テーブルを叩き始めた。

トントントン トントントン トントントントントントントン

よく分からないけれど、なんだかとても楽しそうだったので、リズムに合わせて一緒に歌ってみた。「さいた さいた チューリップのはなが~」3日後、娘のリズムに音程がついていた。

んんん んんん んんんんんんん

「さいた さいた」のメロディーだった。

私が最近感動した出来事である。ここ数日、次々に芽吹く木々の緑のように、娘からリズムがあふれ出している。今まで、たくさん外に出したかったけれど、なかなか出て行かなかった歌が、次から次へと紡がれていくような感じで、本当に楽しそうである。今のところ私が解読できているのは、「チューリップ」だけだが、のびやかなメロディー、単純かつ複雑なリズム、実に名曲揃いである。おおらかに、自由に歌っている姿を見ると、こちらの心ものびのびとしてくる。

私はいったいいつから歌い始めたのだろう。自分の母親に聞いてみたら、子育てと仕事と家事と、あんまり忙しすぎて、覚えていないそうだ。私の記憶に残る限り、いつも楽しく歌っていたのは、「おかあさん」(田中ナナ作詞・中田喜直作曲)である。「なあに」と答えてもらえるのがうれしくて、何度も「おかあさん」と呼びかけて歌った記憶がある。「おばあちゃん」と歌いかけて、おばあちゃんが何度も答えてくれたのもよく覚えている。

歌ってあったかいなぁと思う。

「うたごえ」が始まる。今回講師という立場で関わらせて頂くが、実は講師として臨む気持ちがあまりない。「うたごえ」のリーダーとして、参加して頂く皆さんとどんな曲を歌おうか、そればかり考えている。皆さんと声を合わせ、楽しく歌えることは、想像するだけでも今からワクワクする。今回歌集に選曲した曲は、子どもの頃に歌った曲、思春期に歌った曲、上京してから歌った曲、色んな思い出の詰まった曲たちである。自由にのびのびと歌って、やっぱり歌っていいなと感じたいと思っている。

そうこうするうち、娘の歌がまたまた変化してきた。

んんぃたゃぁ  んんん  んんんんんんん

小さな指で、つんつんリズムをとりながら歌っている。私は心弾み、笑顔があふれ、何ともいえない幸せに包まれる。

あぁ、やっぱり歌っていいな。