エッセイ 宝福英樹さん

日本声楽家協会が定期的に発行している会報には、毎回声楽家や講師の先生方よりオピニオンやエッセイをご寄稿いただいております。このnoteでは「エッセイ」と題しまして、以前いただいた寄稿文をご紹介します。
今回は2014年6月号-7月号より日本声楽アカデミー会員のバリトン歌手、宝福英樹さんのエッセイを掲載いたします。

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「オペラの中で飲まれていたお酒って、何?」

宝福英樹 バリトン

オペラの中で飲まれていたお酒は何なのでしょう?気になりませんか?決め方には色々ありますが、2つの点から考えてみました。「曲のイメージからフィーリングで決める」と「時代背景等から理詰めで決める」。今回は、医学博士(耳鼻咽喉科)でワインのオーソリティー梅田悦生先生に監修していただき、お酒を決めました。梅田先生は、ボルドーワイン、ブルゴーニュワイン、シャンパーニュワインの騎士の称号をお持ちです。
先ずは、『ドン・ジョヴァンニ』の「ワインで酔いつぶれるまで(シャンパンの歌)」。今夜のうちにもう10人、恋人をリストにふやそうと歌うアリアですが、騒がしい歌なので、シェーキーズのピザを食べながら飲む“コークハイ”(ピーター・セラーズの演出ならば可)でもいいのでしょうが、「シャンパンの歌」なのでシャンパン。しかし台本には“マルツェミーノ”と書かれています。これはモーツァルトが好きだったお酒と言われていて、北イタリア産の赤いスパークリングワイン、少し甘口です。正解は、“マルツェミーノ”。
次に『コシ・ファン・トゥッテ』。第1幕で「素敵なセレナーデを」が歌われます。ナポリを舞台とし、二人の若い士官が、老哲学者と彼らの恋人の貞節が本物かどうかについて賭をして、三人がそれぞれ、自分が勝つと歌います。ナポリのワイン“キリストの涙(Lacrima Christi)”でしょうか?または、ローマのワイン“Est!Est!Est!”でも、良いかもしれません。しかし賭をするので、ここでは敢えて度数の強いイタリアの蒸留酒“グラッパ”では、如何でしょう?
『こうもり』では、「お飲みなさい、かわいい子」の場面があります。ロザリンデとアルフレードが、アイゼンシュタインの留守中、久々におとずれた浮気のチャンス!と一杯飲む場面です。ヨーロッパの大富豪ということで、ボルドー5大シャトーの1級“シャトー・マルゴー”がいいですね。
『トリスタンとイゾルデ』では、愛の媚薬が飲まれます。毒薬と思い飲んだのが媚薬。お酒に薬草を入れ、薬として飲んでいた“ベルモット(香味付けワイン)”では如何でしょうか?白ワインをベースに香草やスパイスを混ぜて作られるお酒で、主に食前酒として飲みます。甘口ベルモットは、イタリアのチンザーノ社やマルティーニ社が有名で、辛口ベルモットは、主にフランスで製造され、ドライ・ベルモットをベースにしたカクテル「マティーニ」は有名です。昔、王の暗殺を謀る時は、これに薬草ではなくトリカブトなどの毒を入れました。そのためソムリエは、銀で出来ているお皿(タスト・ヴァン)に酒を入れ、王様のお毒味役をしていました。銀が毒に反応するためです。ソムリエは、酒を守るため、酒蔵の鍵も管理していました。
トマの『ハムレット』では、第2幕で「酒は悲しみを忘れさす」が歌われます。前王が殺された?末を芝居にするコメディアン一座等に酒を振る舞う場面でハムレットが歌うアリアです。原作の中に、ライニッシュ(ライン川の白ワイン)を飲もうというくだりがあります。飲んでいるのは、“白のドイツワイン”です。
『ホフマン物語』の「クラインザックの物語」。これは酒場でホフマンが学生たちに、「昔むかしアイゼナハの宮廷にクラインザックと呼ばれたチビうらなりがおりました。」と語る歌です。19世紀、ニュルンベルクの酒場。当然、ビールですが、ビールだけだと酔えないので、シュナップスなどの蒸留酒と併せて飲むのは如何でしょう。つまり、“ビール→シュナップス→ビール→シュナップス”とチャンポンをし、酔い潰れます。
『愛の妙薬』の第1幕で歌われる「素晴らしい薬だ」は、ワインを惚れ薬と信じ飲んだネモリーノが、気分が良くなりアディーナの前でもおどおどせずに振る舞い、「ラッララッラ」と歌い出す場面です。舞台となる北スペインのバスク地方には、リオハ・ワインがありますが、このオペラが作曲された1832年には、まだリオハ・ワインはありません。ピレネーの反対側はボルドーに近いので、歌詞にある安いボルドーワインということで、飲んだのは“ボルドーワイン”。
『ラ・ボエーム』の第2幕、ムゼッタが昔の恋人マルチェッロの気を引こうと、カフェ・モミュスで歌い出します。ムゼッタがパトロンのアルチンドーロに勘定をつけて飲むので、普段飲めない酒を飲みたくなるのが人情というものです。世界で一番高いワイン、ブルゴーニュの“ロマネ・コンティ”では如何でしょう?勘定書を見て卒倒するくらいの額のお酒です。因みに私は、残念ながら飲んだことがありません。
『カヴァレリア・ルスティカーナ』の「乾杯の歌(泡立つ酒に万歳!)」。トゥリッドゥが居酒屋で友人たちと「コップの中の泡立つワイン、讃えあれ」と歌います。泡立つワインという表現があるので、発泡性のワイン。シチリアの発泡酒、ロゼ・シャンパン、発泡性の“スプマンテ”です。
では、オペラではありませんが、日本の歌『悲しい酒』。日本酒?でも歌詞に「飲んで捨てたい面影を飲めばグラスにまた浮かぶ」とあるので、お燗でも冷酒でも、日本酒はNG。酔いたいので強いお酒、“ブランデー”。酔うために何杯も飲むので、水割りだとお腹に溜まり、ストレートだと浮かぶ面影が小さ過ぎる。オンザロックだと、飲んで置くとカラッと音がするので良いのではないでしょうか?正解は、“ブランデーのオンザロック”では、如何でしょう?
最後に、カジュアルなワイン(安いワイン)を美味しく飲む方法をお教えしましょう。私のワインの師匠、梅田先生から教わったことです。ワインに炭酸を加えて飲んでみて下さい。そうすると師匠曰く、「炭酸は、凡庸なワインを貴婦人に変える!」となります。皆さん、これからも色々なオペラを楽しくご覧になり、美味しいお酒を召し上がって下さい!乾杯! Zum Wohl!