葛飾の中心でアイを叫んだケモノ

街を揺らす咆哮。肩を掴んで揺さぶる腕。この家には、獣がいる。

 最後の投稿から約一年弱。2022年2月に立ち上げた会社は無事に二年目を迎え、なんやかんやとありながらなんとか踏ん張っている。そして、2023年2月、もっといえば8か月前の今日(書き上げるうちに昨日になってしまった)、2023年2月23日に結婚した。

 新婚生活は波乱続きの日々である。妻はとんでもない頻度で暴れ、泣き叫び、しかも昼夜を問わない。かと思えば、健康が心配だと言って苦手な料理を作ってくれたり、わざわざお弁当を作ってくれたり、出かけた日の終わりには「今日は連れて行ってくれてありがとう」と泣く。憎らしさと愛おしさとを目一杯詰め込んだような非常にせわしない女性だ。もちろん私は立派な人間と呼べるものではないので、大暴れする妻に心底うんざりするし我慢が限界を超えて殺めてしまいそうな気持ちになることも多々ある。その度に妻の素敵な部分を思い出して怒りがおさまる、かというとそんなことはなく、やはりこの世から消し去りたいという気持ちは致し方ないのである。では常に憎んでいるのかといえば、やはりそうではなく、泣き叫ばせてしまった自分に思い至って反省したり、日々の幸せに感謝したり、妻の何気ない行動を愛おしく思ったりと、私の心の方も何かと忙しい日々なのである。

 noteに初めての投稿をしたのは妻と付き合い始めの頃である。もう3年近くも前になる。その頃は無職になって数か月。毎日生活の不安に震え、将来に怯えていた。心には微塵の余裕もなかった。緩やかに自殺しているような毎日。そんな生活から私を引き上げたのが妻であった。投げやりな生活を戒め、外に連れ出し、一生懸命大事にしてくれた。そんな彼女に罪悪感を覚え、愛おしさが深まり、ちゃんと向き合って大切にしようと思った。中途半端に生きてだらだらと過ごす生活を改め、きちんと働いて将来を考えようと思った。彼女のために一生懸命働いて、結婚して、家庭を作って、一緒に孫を可愛がりたいと思った。そうして一歩を踏み出し、親の伝手で働き始め、今につながっている。それなりに大変なこともあったし、喧嘩ばかりの日々に本当にうんざりしてしまうこともある。それでも今幸せだと思える。妻との時間だけではない。大変でもやりがいを感じる仕事。友達と遊ぶ週末。それらが今あるのは全て妻のおかげだ。ふとした瞬間に命を捨てていたかもしれない状況にあった自分に手を差し伸べてくれたのが妻で、妻との出会いをきっかけに生活を立て直すことができたからだ。そう思えるのも本当に妻が私を大事にしてくれた証拠なのかもしれない。

 深夜まで泣き叫び暴れる妻を前に、地獄のような日々だと思うこともある。逃げ出して二度と家に帰ってきたくないと思うこともある。それでも、好意があふれすぎて狂った行動になってしまう22歳の若者と思えば愛らしさも感じられる。そこまで愛情深く接してくれることに感謝さえ覚える。妻が暴れる原因は自分にあることもわかっているし、妻のために自分ももう少し変わらなければならないなと思う。本気で向き合える関係に感謝したい。

 そうはいってもやっぱり毎日毎日泣き叫んで暴れられるのは勘弁してほしい。愛情と憎悪が渦巻く新婚生活なのであった。

妻が愛おしくて仕方ないし、殺したくて仕方ないよー!って話。以上。

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