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5回の引っ越しを経て、定住することになった話

夫との引っ越しは5回目だけれど、真冬の引っ越しは初めてだった。山梨の冬は、底冷えする。いつ雪に降られやしないかと空を見上げながら、フリースにフリースを重ねて、モコモコしながら作業した。冷蔵庫を運びながら息が白くなって、手先と足先は随分と冷えた。

★★★


新しい家に着いたときの期待高まる感情よりも、住んでいた家を離れるときの感情の方が、なんだか忘れがたい。

新しい部屋にベッドを入れて、ほっとしたこと。

その土地で知り合った人を家に招いて、夜な夜なワインを開けたこと。

パソコンのある部屋の窓から、一人で無数の雨粒を眺めたこと。

いいことがあった日、お風呂でご機嫌だったこと。

ダンボールに荷詰めをしながら、家を何もなかった元の空間に戻していくときには、数々の時間が目の前に蘇ってくる。この家で過ごした日々を二度と再現できなくなるとわかってから、空間に染み付いている記憶たちが、残り香のように渦巻いては消えていく。

そんなふうにして思い出が押し寄せ来るとき、私は一旦、荷詰めする手を止める。

記憶の中から特に温かい気持ちになる出来事を選んで、胸の中に仕舞い込む。ちょうど、新しい土地へ持っていくものを選んでいるときのように。

荷詰め終わったダンボールの数が増えていくのに従って、暮らした場所を離れるための心の準備も整ってくる。

昨年、夫の転職が決まり、山梨県に定住することになった。山梨へ越してきて最初の家が古かったので、半年経たずに新しい家に移ることになった。今度の家にはおそらく、10年以上住むことになるだろう。

これまで転勤のために、家に似合う家具を置くことを諦めてきた。大物家具は次の家に合うかどうかわからないから、いつも有り合わせのものを使ってきた。

だけど、今回の引っ越し前、初めて夫と家具を見に行った。わざわざ都内の大きな家具専門店に足を運んで、ひたすらソファーとテーブルを見た。自分たちで選んだ家具を買えるんだ、ということに心踊った。

たくさんのテーブルを見て、木の種類、木目、仕上がりの風合いの違いがあることを知った。たくさんのソファーを見て、座りごこちの違い、背もたれの高さの違いがあることを知った。こんなにもありとあらゆる違いがあるなんて、これまで深く考えたことがなかった。その中から、気に入ったものを選んで部屋に置ける。その可能性が手の中にあることに、ほくほくとした。


★★★


さて、真冬の引っ越しは、予想以上に困難を極めた。引っ越し慣れしているからと、高をくくっていたこと、寒さに弱い私の動きがいつもより鈍かったこと、半年住んだ古い家に夫が手を加えすぎて、原状復帰に時間がかかったことなどが、主な原因だった。

引っ越し中に喧嘩をした夫と仲直りするとき、「今回で、自分たちでやる引っ越しは最後にしような」と言われた。

結局、東京で一日中家具を見たのにも関わらず、テーブルもソファーも一つに決めることができなかった。今、片付けが少し落ち着いたリビングで、どんな家具が合うのかなと、相変わらずあれこれ悩んでいる。

新しく住む家の一番いいところは、リビングの大きな窓だ。朝のリビングは、光にあふれていて、一日の始まりを感じられる。

晴れていればすかっと富士山が見えて、体の内側からパワーがみなぎってくる。新しい生活をまたここで、始めていきたいと思う。

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