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風に吹かれていないとだめなんだよ

以前、北海道から遠い四国をぐるっと回ったことがある。
その道中の小豆島に、小さなハーブの苗屋さんがあった。店というよりは、栽培しているハウスでそのまま販売しているような感じだったけれど、その一帯が自然でいっぱいで、小高い場所から海の見えるロケーション。すがすがしい風の吹く、とても気持ちの良い場所で、ちょっと物語の中に出てきそうな、不思議な雰囲気だった。

私の訪れた時間は他に客が全くおらず、静かで大きなハウスに、ずらりとたくさんのハーブの苗が置かれていた。雪が降る寒い北海道では育たない、暖かい地域特有のハーブや花の木たちがいっぱいだった。ティーツリー、ユーカリ、ローズマリー、ミモザ、ローレル。本物の木を見たことのないものがたくさんあったから、私は興奮してしまい、ハウスの中をぐるぐる歩いて見て回った。

たくさんの木の陰から、静かに、私よりもずっと年上の女性のスタッフの方が出てきた。私に気づいているような気づいていないような感じで、ハーブのお手入れをしていた。

私には聞きたいことがあった。
以前、ティーツリーを栽培してみたことがあった。ティーツリーは寒さに弱いハーブだ。夏の間は外に置いて、秋の寒い時期には家の中に入れて、暖かい場所に置き、大事にしていた。冬でも室内なら温度は保てるから大丈夫だと思っていたのだけれど、ティーツリーは室内に移ってからどんどん葉を落とし始め、あの爽やかな香りもどんどんなくなってしまい、春になったときにはほとんど生きていないような感じになってしまった。枯れてしまったのかと思ったけれど、春の暖かい季節がやってきて、外に出してあげたとたん、枯れた葉っぱがまたぐんぐん元に戻り、葉は精油を蓄え始め、また爽やかな香りをさせて生き生きとし始めた。

あれはいったい何だったのだろう?同じようなことが、ティーツリー以外の植物でもあった。

そんな話を、その女性にしてみた。すると、「ああ」という感じで教えてくれた。

「それはね、その植物には風が必要だからなの。風に吹かれていなければ、元気がなくなってしまう植物があるのよね。ティーツリーはそうだし、他にも、この木も、あの木もそう。室内は風が吹かないでしょう?外で風に吹かれていないと、どんどん弱ってしまう」

といいながら、風に吹かれないとだめな木を教えてくれた。

その話は、私にとって大きな出来事だった。

生きていくために必要なもの。栄養、気温、日光。それだけではなく、風。

私が、もし室内でも大丈夫なら、ぜひとも北海道に連れて帰りたいと思った木やハーブたちは、みんな風が好きなようだった。この子たちは、暖かい場所で、風に吹かれて生きていたいのだ。

結局そこでは何も買わなかったけれど、親切なその女性に他にもたくさんハーブについて教えてもらった。その間も、頭の中は風の話でいっぱいだった。とても大切なことを教えてもらった気がして、胸を熱くして帰った。

風に吹かれていないと元気がなくなってしまうのは、はたして植物だけなのだろうか。

わかりやすい「栄養」のようなものだけではない、でも、生きていくのにとても大切なものが、もっと色々とあるのかもしれない。

外で植物を育てる仕事をするようになって、風に吹かれる気持ちよさを知った。私の住んでいる場所は風が強く、畑もいつでも強い風が吹いている。でも、そこで過ごす時間は爽快なのだ。一人でいても、孤独を感じることがないのは、風に吹かれているおかげだと思う。子どもが赤ちゃんの時に、二人で部屋にずっといると、時間が止まっているみたいだった。そこから外に出て、風に吹かれていると、文字通りストレスもモヤモヤも「吹き飛んでいく」ようだった。そうやって、ぼんやりと感じていた風についてのこと、生きていくことで大切なことを、小豆島の小さなハーブ農家の方が教えてくれた。

風も自然の一部だ。その風に揺らされながら、生き生きとしているハーブたちを見ていた。私も自分や、子どもたちや、植物たちが生きていく上で大切なものを、見逃さないようにしたいと思った。それを、知らずに奪い取ってしまわないように、目を凝らして耳を澄ましていようと。

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