見出し画像

本日の夕飯はお好み焼きだが、別の男のことを考えて作った次第だ。たまには許せ。

自慢ではないが、わたしはふつうの主婦である。

麻薬卵が話題になれば、卵を漬け込み

切ったアボガドが固ければ「100円無駄にしたな」と嘆き

洗濯物の乾き具合で、季節の変わり目を感じたりしている。


いたって平凡で、いたって幸せな毎日を過ごしているので
わたしの体も、毎日を同じルーティンをこすことに特化した
「スーパー安定型マシン」に進化した。

特段気合いの入った褒め言葉がなくても、なにか新しいデートの提案がなくても、毎日同じ業務を安定的にこなし、家族と自分の安心安全を守ることができる。


ここから先は、身体の維持・精神安定がメインのメンテナンスになっていく。おそらく、今が「最終形態おかあちゃん」だろう。

そんな最終形態お母ちゃんの心臓が、久しぶりに高鳴る出来事があった。
久しぶりの出来事に、一番驚いたのは心臓自身だと思う。

驚かせて悪かったな、心臓。
今日の夕飯は、精がつくものを取り入れよう。

山芋を擦る時に、手袋をするのがめんどうで

今日も元気に山芋を擦っている私にも、高校時代の忘れられない恋がある。
本日の夕飯は、お好み焼きに決まりだ。

と言っても、
学校一の不良と恋に落ちるような、ドラマチックな話でもなければ
ぶつかったイケメンお兄さんと、たまたま学校で再会して恋に落ちるような、運命的な話でもなんでもない。

同じグループにいた男の子のことが、好きだった。

男女入り混じった仲良しグループで、毎日のように一緒にいた。
放課後になれば、自転車の二人乗りでマックに集合し、カラオケで歌を歌う。
失恋したメンバーがいれば、HYの「あなた」を歌い、みんなで泣きながら励ました。家に帰っても繋がっていたくて、WILLCOMで朝まで誰かしらと話していた。

そんな毎日を過ごす中で、わたしが好きになったのは「ナンバー2の男」

スラムダンクで言えば水戸洋平ポジション。
派手でモテる、破天荒なカリスマ性のある、桜木花道の隣にいて、顔立ちも良く、一歩引いてみんなを見ているような、少し大人びた男の子だった。もう、名前を洋平としよう。

洋平くんは、家柄も良く、身につけているものも、みんなより少しいいものだった。
典型的な高校デビューだった私には、洋平くんがとてつもなく大人に見えて、密かに恋をしていたのだった。

ありきたりな話すぎて、主婦の妄想だと思われるかもしれないが、洋平くんは確かに存在した。わたしの少し遅めの初恋だ。

キャベツにも100種類切り方があんねん

最近購入したスライサーが、なんとも便利で、ちょうど千切りがしたかった。キャベツを千切りしたいがために、お好み焼きを夕飯に選んだようなものだ。

当時はSNSなんてものがなかった時代。
好きな人の連絡先を聞くことが、第一関門だった。

やっと勇気を出してルーズソックスを履いた程度のわたしは、異性に積極的になれないでいた。

「絶対教えてくれるって」
「でも、きもいと思われたら、みんなで一緒に遊べなくなるかもよ?」

マックのポテトをLサイズから、Sサイズにサイズダウンした私たちは、作戦会議を楽しんだ。青春時代の友人というのは、なんとも頼もしい。

友人の協力を経て、わたしは洋平くんに連絡先を聞くことができた。

この行為自体が「好きです。彼女になりたいです。」を意味するのだとわかりそうなものだが、ここから交際までの過程を楽しむのが、恋愛であると、今になればわかる。


洋平くんとは、毎日のようにメールのやり取りをした。
夜遅くに電話をすることもあった。

みんなで遊んでいても「私だけが知っている洋平くん」が心を占領し、
もう毎日ワクワクとドキドキが止まらなかった。

ここから紆余曲折、手を繋ぐことがあったり、二人で出掛けてみたりするのだが、わたしと洋平くんはなんの進展もなかった。

確かに存在した「ちょっとだけ特別なポジションのわたし」は
本当に特別な存在になることなく、終わったのだ。

この、ちょっとだけ特別だった時期が、いかに貴重で、まさに青春と呼べるものだったか、懐かしむにはまだわたしは若い気もする。

しかし、擦った山芋にキャベツと卵を投入する時間で思い出すには、ちょうどいい記憶だ。

米粉でヘルシー

山芋を擦った手にかゆみを感じ始める。
かつてはレシピを見ながら粉と水の量を測っていたが、そんなに白黒はっきりした分量にしなくても、それなりに美味しくできることを知ってしまった。

これが大人になるということだ。と、感じるようになった。

大人か子供か
恋人か友達か
本命なのか二番目なのか
親友なのかただの友人なのか
正義なのか悪なのか
正解なのか不正解なのか

この曖昧な答えのない境界線について、あらゆる想像や妄想を繰り返し、時には体験してみたり失敗してみたり。そんなことに時間をとにかくかけること、それこそが青春そのもの。

あの時本当はこう思っていた。
あの時の彼氏と結婚していたら、こんな生活になっていた。
気がつけば、10年友達やってるよね。

そんな、青春時代の答え合わせができ始めてしまう年頃が、きっと今なのだ。

洋平くんとの曖昧な青春は、答えがでなかったからこそ「忘れられない恋」として心に残っている。
当時は、両思いになれない悔しさ・自分のことをどう思っているのかわからない恐怖に、わざわざBGMを浜崎あゆみにして、泣くなどした。

しかしこの年になれば、そんな毎日が楽しかったんだと、わかる。
しっかり、曖昧を楽しめていたのだ。

お好み焼きの具は、豚肉と桜エビ、どちらにしよう。

BMGは浜崎あゆみで高速混ぜ

料理をしながら歌を歌うのが癖だ。
在宅勤務の旦那には、幾度となく注意されたが、心の調子は料理の出来に大きく影響する。
美味しいお好み焼きを作るためだ。かたじけない。

時は大SNS時代。
これからの正解を追い求める若者に対し、過去の答え合わせにSNSを利用する大人も多いだろう。

「いまなーにしーてるのー?」と歌わなくても、昔好きだった人の私生活は見ることができる。
当時憧れていたあの子は、自分のブランドを立ち上げたりしていのだから、私の目に狂いはなかった。

たまには隣の芝生を見て羨んだり、他人の赤ちゃんリールを見て微笑んだり、自分なりにSNSとうまく付き合う中で「わたしにしちゃあ、まあまあ幸せな人生送ってるよなー」なんて考えたり。

ダラダラと情報を出し入れするだけで、心臓は動かないはずだった。

一瞬、なんで心臓が動いたのかも理解できずにいた
心臓自身も、あまりの不意打ちと、久しぶりの有酸素運動にさぞかし驚いたことだろう。

おしゃれな沖縄のウエディングフォトだった。
今時は花じゃなくてグリーンをブーケにするのね。なんて思ったりした。
ラフに着こなしたジャケット姿、髪型は水戸洋平を思わせる、びしっとしたオールバックだった。

SNSのタイムラインに、不意打ちで洋平くんが出てくるとは思わなかった。
相互フォローであるわけもないので、きっと友達の友達の友達で、アルゴリズムに引っかかったんだろう。

洋平くんのフォローボタンを押すことは、簡単だ。
でも、押さない。Meta社の思惑通りにはいかない。

答え合わせをしたくない思い出も、あるのだ。
あの楽しかった曖昧な時間は、永遠に曖昧なままだからいい。

この年になれば「それってあなたの選択ですよね?」なんて言葉で自分を納得させることが増える。

曖昧を楽しめずに、むしろ曖昧と言える程度なら問題ない。と受け流すことで幸せを噛み締めることもある。

白か黒かの答えをはほとんど出ていて、グレーに心を奪われることは「余暇」に値してしまう。

人生を安定して過ごすための最終形態は、できあがっているのだ。

そう。久しぶりの曖昧を味わっているうちに

お好み焼きももう、出来上がっているのだ。

お好み焼きは豚肉派?桜エビ派?

「おーい。そろそろ焼くよー。」と家族に声をかける。
お好み焼きは、焼きたてが美味しいに決まっている。

思い出も、その時が一番いいということがある。
わたしにとっては忘れられない思い出だって、お好み焼きを作る過程に振り返る程度が、ちょうどいいのだ。

あの頃に戻りたいと、思ったわけではない。
もう一度、恋愛がしたいと思ったわけではない。

ここまでの人生で見つけた「自分なりの正解」を、いかに守り続けるか。
曖昧がもたらす、精神の揺れを回避するための、白黒の世界。

今わたしが過ごしているこの日常を、おばあちゃんになった自分が振り返った時に「楽しかった」と振り返ることができるだろうか。

できる。そう断言しよう。

だって「自分なりの正解」は、子育てには全く通用しない。
絶対に今トイレに行った方がいいのに、絶対にギリギリまで我慢する。

今は白黒の世界なんかじゃない。子供がすることは、理解できないことだらけだ。
一時間も電車の車輪を見つめ続けるなんて、全く理解ができない。

大きくなった子供たちが、わたしのことをどう思うかなんて、想像もつかないし、わたし以外の誰かを、大切に思う日がくる

子育ては、2度目の青春なのかもしれない。

「責任感」という重圧があることで、時々楽しむことを忘れてしまうが、
きっと将来振り返れば、この曖昧で答えを探す日々を楽しかったと振り返れる。

その時はきっと、もう山芋を擦るのは面倒に思っているだろう。
旦那と二人で「夕飯はお惣菜でいっかー」なんて言いながら過ごせたら、人生大成功である。

ただ、1度目の青春と違うのは、今この瞬間の楽しみも、味わいながら過ごすことも可能だということ。
日々の曖昧にイライラすることもあるし、悩みすぎて泣くこともある。

でも、「いつか楽しい思い出として、振り返ることができる今」だと知っているだけで、心を健やかに保つことができるのではないだろうか。

で、お好み焼きは豚肉と桜エビ、どちらにする?

定番レシピを変えてみるだけの余暇

家族が食べ終わってから、こっそりマヨネーズを多めにかけたお好み焼きを食べる。わたしは断然、豚肉派だ。

どんなに昔の恋愛に思いを馳せても、わたしの日常は大きくかわらない。
小難しいことを考えて、すこし人生論を語ったところで、誰の話題にもならない。

洋平くんが思い出させてくれた「曖昧のありがたみ」も、来週の運動会ですっかり忘れてしまうだろう。

最終形態おばあちゃんになったころには、いかに老後を楽しく過ごすかで忙しいはずだ。洋平くんも、お好み焼きのマヨネーズも、思い出すにはもう過去のことすぎる。

でもまあ、せっかくだし。

明日の夕飯は、新しいレシピでハンバーグでも、作ってみることにしよう。




































この記事が参加している募集

#忘れられない恋物語

9,176件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?