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『わたしの糸』を翻訳するまで――偶然の出会いにみちびかれて 訳者・青木順子

『わたしの糸』の翻訳者であり、ノルウェー夢ネットの主宰でもある青木順子さんが、トーリルさんの作品との出会いや翻訳にいたるまでを、寄稿してくださいました! トーリルさんのインタビュー記事とあわせてぜひご覧ください。

 アニメーション映画監督であり絵本作家でもあるトーリル・コーヴェさんの作品との出会いは偶然でした。99年制作の短編アニメーション『王様のシャツにアイロンをかけたのは私のおばあちゃん』がNHKで放送され、たまたま見ることができたのです。ノルウェーがドイツ軍に占領された第二次世界大戦下の時代をこんなにユーモラスに描けるなんて!と感嘆しました。
 以来、ノルウェーの書店でトーリルさんの絵本が出ているのを見かけるたびに買い続け、アニメーションも見ていました。ユニークな作品を楽しみつつ「いつか日本でもトーリルさんの絵本を出版したい!」と誰に頼まれたのでもなく企画書を作り、出版社に持ち込みをしていました。幸運にも『うちってやっぱりなんかへん?』(2017年、偕成社)が刊行できました。

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▲右は『王様のシャツにアイロンをかけたのは私のおばあちゃん』、左は『うちってやっぱりなんかへん?』の原書

この美しい絵本を日本で紹介したい

 2017年、ノルウェーの出版エージェントからトーリルさんの新作絵本“Tråder”(『わたしの糸』の原題)の情報をもらいました。
 余白の多い表紙を見て「今までの作品となにか違う」と感じました。空中で赤い糸をつかんでいる女性が描かれていますが、裏表紙の女の子とつながっています。「どんな物語なのだろう?」と期待が高まりました。

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▲右がノルウェー語版、左は英語版

 ページを開くと、シンプルなイラストと短い文章が「詩」のように感じました。ユーモラスなトーンは薄まり、描かれているのは静謐な世界。また、それまでのトーリルさんの絵本はノルウェーや北欧が舞台でしたが、新作は国境や肌の色を超えた「普遍的な大きな物語」と感じました。
 女性と女の子が偶然に出会い、血のつながりに関係なく、子どもを育て慈しみ、やがて巣立ちの時が訪れる。読み終えた時、様々な思いが去来しましたが「この美しい絵本を何とか日本でも紹介したい」と決意しました。

 絵本の元となっている短編アニメーション映画“Threads(糸)”ではセリフが一切ないことにも驚きました。トーリルさんの夫であるケヴィンさんの音楽が、映像に溶け込んでいます。

著者来日イベントで出版の道がひらける

 2018年、“Threads”が広島国際アニメーションフェスティバルのコンペに選ばれ、トーリル・コーヴェさんが来日しました。たくさんの方が東京・神保町のブックハウスカフェでの来日イベント開催に尽力し、2019年8月21日に実現。絵本と短編アニメーション映画の紹介、トーリルさんの素晴らしいトークが披露された夜になりました。イベントに西村書店編集者Uさんが参加され、絵本刊行へと道が開けていきます。その過程は、まるで『わたしの糸』で描かれた「赤い糸」のごとく、偶然がもたらす奇跡が起きたように感じました。

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▲中央がトーリル・コーヴェさん。左は東京工芸大学アニメーション学科准教授の陶山 恵さん、右が訳者の青木順子さん

 翻訳する際に英語版も参考にしましたが、トーリルさんがこだわった「自立の大切さ」が消えていることに気づきます。ただこのこだわりは残したかったので、日本語版はオリジナルに忠実な訳文になりました。

絵本を通して人とつながる喜び

『わたしの糸』刊行後、たくさんの方が感想をブログに書いて下さいました。ありがたいことです。(下記、掲載日時順)

ひるねこBOOKSさんのブログ
スウェーデン洋菓子&絵本 リッラカッテンさんのブログ
北欧ビンテージ食器&雑貨Fukuyaさんのブログ
北欧のニュース&情報サイト【北欧区】さんのブログ
北欧BOOK主宰 森百合子さんのブログ
北欧好きイラストレーター・ナシエさんのブログ 

 「母と子の愛と自立」を描いた作品ですが、子どもの有無に関わらずお勧め、という感想が多かったですね。結婚や出産、一人暮らしを始めた家族や友達に贈るなどプレゼント用に買ってくださる方も目立ちます。

『わたしの糸』を通して、たくさんの人とつながる喜びを実感しています。これからも一人でも多くの方に届いてほしいーー訳者からの願いです。

ノルウェー夢ネット/ブログ