遅めの初恋は夏の終わりに

中学高校とイケてない学生だったため「あの子かわいいなぁ」なんて思うことはあっても恋愛とは無縁だった。

そんな僕の、自分でもはっきりと「これは恋だ!」と自覚するほどの初恋は大学1年生の時だった。

同級生の女の子、黒髪のストレートでほんのりお嬢様系、今まで見たことないタイプの女の子だったので多分すぐ好きになった。

その子にどれくらい心奪われたかというと、朝会って「おはよう」と言えるだけでその日一日が満たされるほどだった。


しかし当時の僕は恋愛初心者どころか恋愛未経験者。

むしろそれまでは女子に煙たがられていたタイプだったので、普通に女の子と話すことさえ難しい、軽めの女子恐怖症だった(だからこそ彼女の優しさに女神を見たのかもしれない)

史上最大の勇気を出して連絡先を教えてもらい、彼女とメールのやり取りをするだけで楽しかった。

お土産か何かで彼女が携帯のストラップをくれた時は、初代ポケモンでミュウツーをゲットした時よりもうれしかった。

彼女の誕生日には、当日が夏休み中だったので、名前入りのケーキを買って写真を送ってお祝いをした。

今思えばダサいし気持ち悪いし、何より好きってことがバレバレだっただろう。

それでもそんなピュアボーイの僕を同級生の友人たちは応援してくれた。


大学1年生の夏の終わり、もう秋が始まっていたかもしれない頃。

駅のホームで電車を待っていると、急にくしゃみが何回も出た。

この時期の花粉症なんて経験したことないのにと僕は不思議に思った。

くしゃみが止まるとその後、なんだかさみしいというか、すごく切ない気持ちに襲われた。

そして何を思ったか、僕は彼女に「今までありがとう」とメールを送ったのだ。

今でもわからない突然のことで、彼女のおかげで輝いていた世界はどんどんセピア色に滲んでいった。


後日友人から彼女に彼氏ができたと聞いた。

彼氏は1学年上の、その話を教えてくれた友人と仲のいい先輩だった。

「前々から彼女とよく一緒にいるのは知ってたんだけどヒロシ(僕のこと)には言えなかった、ごめん」という友人に、僕は無機質な声で「大丈夫、大丈夫」と返事することしかできなかった。

何より驚いたのは、彼女が先輩に告白された日が、僕が彼女に「今までありがとう」とメールしたあの日ということだった。

真っ白な頭の中で「第六感ってあるんだなぁ」という気持ちだけが響いていた。

「ちょっと行ってくる」と友人に言葉を残し、僕は彼女を探した。

練習室でピアノを弾いている彼女を見つけ、挨拶もそこそこに僕は彼女に告白をした。

彼氏ができたということも知ってる、ただ自分の気持ちを伝えずに終わることはできない、自分勝手でごめん、ずっと好きだった、と。

僕の初恋は一方的でわがままな主張により幕を閉じた。


玉砕してから僕の心にはぽっかり穴が空いた、というより心が無くなった。

「死にたい」とは思わなかったが「このまま体が砂になって消えていきたい」と思う日が1ヶ月くらい続いた。

ある日のこと、いつまでも落ち込んでいる僕を励まそうと友人がおどけて「オリジナルソング弾いてやるよ」と即興でピアノを弾いてくれた。

そのピアノを聞いて、僕は失恋後初めて泣いた。

あぁ、終わったんだなと号泣した。

その後僕はサックスがめちゃくちゃ上手くなった。

行き場を失った、彼女を想うエネルギーをサックスにぶつけたら自分でも驚くほどに上達したのだ。

この経験から、恋愛よりも失恋の方が人を成長させる、というのが僕の持論である。


ようやく失恋から立ち直り始めた頃、僕はまだ彼女からもらったストラップを持っていた。

ピアノを弾いてくれた友人にそのストラップを見せ「前に進まなきゃな」と僕はドラマのセリフのように呟いた。

そして学校の広場で僕は思いっきりストラップを投げた。

思い出はきれいなまま、前に進めるようにできるだけ力強く、できるだけ遠くへ。

人を好きになる素晴らしさや悲しさ、自分がこんなにも人を想う力を持っていること教えてくれた彼女に感謝を込めて。


ストラップは近くにあった木の枝に当たってすぐそばに落ちた。

最後まで僕はダサかった。




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