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【脚本】世界の終りが終わったら

○丘の上

眼下に街を見渡せる。団地、学校、駅、デパートなど。
峰川朋子(17)が腕組をして立っている。
その足元そばに体育座りをした小泉浩太(17)。
朋子は学校の制服姿。白いシャツの上にブレザー。

浩太は全裸で、左腕にデジタル式の腕時計だけをしている。

朋子「まだなの?世界の終わり」

浩太「まだ」

朋子「何時なの?世界の終わり」

浩太「3時ちょっとすぎ」

朋子「ちょっとすぎってなによ。ちゃんとわかんないの?」

浩太、無言。

朋子、ため息。

朋子「ねえ、そんな格好で寒くないの?」

朋子の目線の先、崖の下に散らばる浩太の洋服、下着、靴下と靴。

浩太「平気」

朋子「ママから聞いたけど、なんでもかんでも捨ててるんだってね。おばさん困ってるってよ」


○小泉家・浩太の部屋

ぎゅうぎゅう詰のゴミ箱からいろいろなものが溢れ出し、散乱している。

学生服、洋服、バスケットシューズとユニフォーム、賞状、トロフィー、CD、本、模試の成績表など。


○丘の上

浩太「もう、なんにもいらないから」

朋子、浩太の腕時計をチラリと見る。

朋子「そう…。しっかしいい天気だな今日は!」

伸びをする朋子。

二人、青い空を眺める。

朋子は微笑み浮かべて。

浩太は浮かない顔で。

朋子「あのね、学校の近くにパン屋ができたんだ。イートインできるから、アッコたちとよく行くんだけどさ。そこのカレーパンがすっごく美味しいの。カリカリでモチモチで、中身には具が沢山はいってて。今度一緒に行こうよ。コウちゃん、カレーパン好きだったよね?昔から」

浩太は黙ってうつむいている。

朋子「おい、なんとか言えよ」

朋子が浩太を小突く。

浩太、それでも何も言わず、大きなくしゃみを二つ。

ハックション!ハックション!


○パン屋・イートイン席

朋子と真野顕子(17)がカレーパンを食べている。

顕子「朋子さあ、小泉くん、ずっと学校来てないけど、どうしちゃったの?やめちゃう気?」

朋子「知らない。本読んでばっかいるから、なんだか頭おかしくなっちゃったみたい。それにほら、ひざ怪我して、バスケできなくなったじゃない。もう大学の推薦は無理みたいだし。不貞腐れてんだよ」

顕子「ふうん。でもそれだけじゃないみたいよ。バスケ部の男子たちが言ってたけど、夏に朋子が多田コーチと付き合いだしたくらいから、小泉くん急に様子がおかしくなったって」

朋子「何それ、わたしのせい?コウちゃんとはただの幼馴染なんだから関係ないし。それにあの人とは一瞬で別れてるし」

朋子、遠い目で何かを思い出した顔。


○夜道

朋子が車の助手席から降りるところ。

運転席に多田拓也(20)。

朋子が手を振ると、車が動き出す。

そこを、学校帰りの松葉杖をついた浩太が通りかかる。

車が去った後、朋子と浩太、ふたりの目が合う。


○丘の上

朋子「まーだーかーなー。世界の終わり」

全裸に、朋子のブレザーだけを羽織った浩太。

腕時計を見る。

浩太「もうそろそろ」

浩太、やおら立ち上がり、屈伸運動を始める。

朋子「お。どうなの、膝の調子」

浩太「いいよ。ばっちり」

朋子「そうなの?全然痛くないの?」

浩太「うん。全然痛くない」

朋子「もしかして治った?」

浩太「そうだよ。治った。完全に。医者も驚いてる」

朋子「えー。じゃあまたバスケできるじゃん。やったじゃん。よかったね」

浩太「うん」

朋子「これで大学もいけるね!」

朋子、すごく嬉しそう。

浩太「うん」

浩太、全然嬉しそうじゃない顔。

朋子「あれ?なんで?あ、世界終わるから?」

浩太、何も答えずストレッチを続けている。

朋子、意を決した様子で。

朋子「コウちゃんがさ、頭おかしくなったのって、わたしが多田コーチと付き合ったから?」

浩太「え?だれ?…あー、バレー部に来てた大学生の。え?つきあってたの?」

朋子「え?いや、まあ、一瞬だけ。すぐ別れた」

浩太「はあ。ていうか、頭おかしくなってないから」

浩太、全裸で入念なストレッチを続けている。

朋子「ちょっとちょっと、さっきからなんのための準備運動なの?世界どんなふうに終わるわけ?」

浩太「わかんない。念のため」

浩太がアキレス腱を伸ばしながら腕時計を見る。

朋子「ねえ、コウちゃん。このまま何も起きないで、世界の終りが終わったら、どうするの?」

浩太「わかんない」

朋子「世界の終りが終わったらさ、学校おいでよ。みんな待ってるよ」

浩太「待ってないよ」

朋子「私は待ってるよ。卒業までもう半年もないんだよ。一緒に学校通えるの、もうあと少しだよ」

ふたり、しばらく見つめ合う。

(回想)

○高校・入学式の日

陽気な様子の浩太が朋子に話しかけている。

浩太「幼稚園から高校まで一緒とはな。真似すんなよお前」

朋子「そっちでしょ、子供の頃から私の後ろを追いかけてばかりなのは。はい、これ入学祝い。ママが買えっていうから」

包装されたプレゼントを渡す。

浩太「なになに。嬉しい。ありがとう。感激」

朋子「何よ。大袈裟」

浩太「初めてじゃんプレゼントなんて。大切にする。開けていい?」

(回想おわり)


○丘の上

腕時計のアップ。

浩太が時刻を確認して頷く。

制服の上着を脱いで朋子に返す。

朋子「いよいよ時間なのね」

浩太がゆっくりと頷く。

腕時計をはずし、近くの茂みに投げ捨てる。

朋子が叫ぶ。

朋子「えええええ。ちょちょ、ちょっと待って。何すんのよ、あれ私があげた時計でしょ」

あまりの剣幕に浩太がたじろぐ。

浩太「いや、世界の終りだから。もう何も必要ないから」

朋子「はあ?信じられない。わたし帰る」

帰ろうとする朋子の腕を浩太が掴む。

浩太「待って。一緒にいてほしい。一緒に世界の終りを迎えたい。お願い」

朋子「やだ。はなして」

朋子、浩太の手を振り払い、怒った口調で。

朋子「あのさ、今日で世界が終わるなんて言ってるの、コウちゃんだけだからね。テレビもユーチューブも、SNSでも、そんなこと言ってる人誰もいないよ。何でもかんでも世界の終わりのせいにして、何もいらない、何したって無駄だって自分で勝手に決つけて、コウちゃんは嫌なことから逃げてるだけでしょ」

浩太「ちがう」

朋子「ちがわない。見てよ、この空、この風景。こんな天気のいい日に、こんな平和な時に、世界が終わるわけないよ」

ふたり、しばし空を眺める。

真っ青な空にギラギラ輝く太陽。

二人の頬や顎を汗が伝う。

朋子「学校でみんながコウちゃんのことなんて言ってるか知ってる?甘えてるとか、怠けてるとか、捻くれてるとか、狂ったふりとか」

浩太「いいよ。なんて言われても。どうせ世界は終わ…」

朋子「あのね、コウちゃんが悪く言われるの聞くたび、わたし悲しくなるんだ」

浩太「ごめん」

朋子「その度にわたし、泣きそうになる」

朋子が涙ぐむ。両手で顔を覆う。

浩太「ほんとにごめん」

その時「ピピピピピピ」と電子音が茂みの中で鳴る。

朋子が音の元に駆け寄り、茂みから腕時計をつまみ上げる

朋子「なんでこれ鳴ってるの?もしかして世界の終わりが来たってこと?」

浩太「そうだ。世界の終わりを知った日にセットしておいたんだ」

しばし沈黙。

ふふふっと朋子が笑い出す。

やがて大笑いに変わり、ひとしきり笑う。

朋子「もうっ!なんなのよ。世界終わってないじゃない。みてよ。ほら」

朋子が街の方を指さす。

ふたりのすむ団地や学校が見える。

朋子「なんにも変わらないし、なんにも終わってないよ。コウちゃんのばか!嘘つき!」

浩太は地面にへたり込み、安堵の表情。少し泣いている。

朋子「よおし。明日の朝迎えに行くから」

浩太「どこいくの?」

朋子「学校!世界の終りが終わったら、学校行くって約束したでしょ」

浩太「明日は土曜日だよ」

朋子「ああそっか。じゃあ月曜日からちゃんと学校行く?」

浩太が頷く。

朋子が汗だくですごく暑そう。

朋子「もう帰ろう。ここ暑すぎる」

浩太「ちょっと待った」

浩太が朋子の腕をひき、抱き寄せる。

浩太の顔や体も汗で濡れている。

抱き寄せられた朋子の顔が浩太の胸に埋まる。

朋子「わ、すっごい汗。ベタベタする」

浩太、かまわず朋子を抱きしめる。

浩太「俺、明日、カレーパン食べに行きたい」

朋子「いいよ。行こう。明日、迎えに行くね」

浩太「うん」

二人とも目を閉じている。

木々が大きく揺れる音。

沢山の鳥たちの鳴き声。羽ばたく音。

朋子の息が荒い。

浩太も顔をしかめる。

浩太、ゆっくりと目を開ける。

その目がかっと大きく見開き、呆然した顔に。

朋子は浩太の胸に顔を埋め、浩太は空を見上げている。

朋子「コウちゃん、約束ね」

浩太「うん」

朋子「絶対ね」

浩太「うん」

空からの強烈な光に照らされて、浩太と朋子が、丘が、街の全てが、真っ白になって消えていく。

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