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む ず む ず す る の

 みんな、先生のことをキモいというけれど、あたしもそうおもう。
 
 確かに先生は40も前にして独しんだし、太ってるし、肌はきたない。
 すぐヒステリーをおこしてキレるし、かわいい子にはえこひいきして、男子にはやたらきびしい。

 すう年前、5年生の担任を受け持っていたとき、女子が体育の着がえをしていると、やたらと部屋の前をいみもなくうろうろしていた……みたいなうわさもある。
 
 たぶん、ただのうわさじゃなくて本当だと思う。

 クラスの女子はみんな、先生のことがとりはだが立つくらいキモいという。
 

 先生とキスするのと、校舎の裏でかってるウサギのうんこを100個食べるのとどっちがいいか、といわれると、みんなウサギのうんこを食べるほうがマシだ、という。
 

 先生にからだを触られると(じっさいに先生はよく意味もなく女子のからだにさわる)その部分からなんかかぶれてきそうで、みんなすぐにせっけんでよく洗う、と言っている。

 
 先生の息のにおいは、まるで社会見学で見に行ったゴミ処理場よりひどい、という子もいる。

 
 それどころか、先生に見られるとその部分がくさる、という子すらいる。
 

 みんながそう言うのもあたりまえだし、あたしも先生がそんな風に言われるのはとうぜんだと思うし、先生のことはじゅうぶんにキモいと思う。
 

 でも……あたしは今、しんけんになやんでいる。
 あたしはちょっと、おかしいのかもしれない。
 

 
 たしかに先生とキスするのは、ウサギのうんこを100個食べるくらい気持ちのわるいことで、想像しただけで、胃のなかからすっぱい液がこみあげてくるけど……。
 

 どちらかをえらべ、と言われたら、あたしは先生とキスをするほうをえらぶかもしれない。

 というか、先生にキスされてるところを、想像してみると……なんだか、むずむずしてくる。
 
 どこが、というとはっきりとは言えないけど、お腹の下、ちょうどおへその下15センチななめ下の奥、おしっこが出るあたりとの中間くらいが……むずむずする。

 
 とにかくからだの中の、奥の奥のほうが……なんかかゆいような、あついような、ちょっと変なかんじがする。
 

 キスとひとくちに言っても、くちびるとくちびるを合わせるだけではなく、じっさいには男の人が女の人の口の中に舌を入れて(あるいは、その逆もあるそうだ)お互いの舌をからめ合ったり、おたがいのよだれをすったり、飲んだりするらしい。

 こっそり読んだ、お姉ちゃんの雑誌にかいてあった。

 
 先生と、くちびるとくちびるを合わせるだけではなくて、先生のあの舌(きみのわるい緑色をしている)が、あたしの口の中に、まるでなめくじのように入ってくるところを想像すると……それでその舌が、あたしの舌をからめとって、それを吸ったり吸われたりするところを想像すると……。
 

 ああ、またむずむずしてくる。

 先生のことが、実は好きなんだろうか、と考えてみたけど、どうもちがう。

 やっぱり先生はキモい。
 キスするところを想像してみると、まず感じるのは、キモさだ。

 でも、その後に、むずむずがやってくる。

 この前、こんなことがあった。
 
 5時間めのじゅぎょう中に、先生がしゃべっているのを見ていると、なぜか先生の口から目がはなせなくなっていた。

 せんせいのくちびるは、白くかたまって、ひびわれていた。
 
 くちびるははれぼったくて、焼いたままほったらかしにしたタラコのようだった。
 しかも、そのタラコはくさって緑色になっている。
 

 その感しょくを、想像した。
 指で、ふれてみるところを、想像した。
 
 あたしの想像の中で、その表面は、かわいてぱりぱりとしていた。
 でも押すと、ずぶっ、と指がはいってしまう。

 
 あわてて指をぬくけれども、くちびるの中にはあつくてぬるぬる、ねばねばしたものがぎっちりと詰まっていて、それは糸を引いてあたしの指さきにからみつく。
 

 うっ、と、吐き気がこみあげてきた。
 想像のなかではなくて、ほんとうのじゅぎょう中に。

 
 あたしの指にからみついたそのねばねば、ぬるぬるした液は、ひどい臭いがする。
 でも、なぜだか想像のなかであたしは、その液のにおいを、かいでみたくなってしょうがなくなってくる。
 

 おそるおそる、においをかいでみる。

 想像どおり、っていうか、想像のなかの想像どおり、それはひどいにおいだ。

 
 社会見学で言ったゴミ処理場なんか、ぜんぜん目じゃない。
 もっと生っぽくて、ところどころ、甘い感じがする。
 いきものだけが持っている、どくとくのなまなましいかおり。
 

 くさったリンゴと、くさった筋子をまぜて、くさった牛乳をかけ、それにゴミ処理場の臭いをうまくブレンドしたうえに、くさったゆで卵のスライスをふりかけたら、こんな臭いになるのかもしれない。
 

 でもあたしは、その臭いをかいだことで、なにかさいみん術にかかったような感じになる。
 

 どうしてもそれを、なめてみたくなってしょうがなくなる。

 
 だめ、やだ、こんなのなめたら口の中がくさっちゃう。
 ってかあたし……ほんとに死んじゃうかもしれない。

 ……とかなんとか思いつつも、あたしはその気持ちのわるい液がついたゆび先を、じぶんの口に近づけてしまう。
 

 だめ、だめ、ほんとにもう、マジだめ。
 やだやだやだ。
 むりむりむり。

 
 と思いながらも、あたしの指がどんどん自分のくちびるに近づいてくる。

 
 こんどは、あたしの舌のほうがいうことをきかなくなって……なんとあたしの舌の先がかってに口の中から飛び出して、指のほうをむかえに行ってしまう。

 
 いや、こんなの、ぜったいに……なめたくない……死んじゃう。

 と思ってあたしの心はそれをきょひするが、なぜかからだが言うことをきかない。
 

 ついに、あたしの舌の先が、そのねばねば、ぬるぬるした液にまみれた指さきに触れる。
 
 
 『あっ………あ………………え? あ……あ、あまい?』
 
 
 想像の中で、それはどことなく、甘い味がする。

 
 全身に、さぶいぼが立った。
 お腹の下、身体のおくのむずむずが、たえられないくらいにひどくなった。
 
 え、なんでこんな。
 今、じゅぎょう中だし。
 

 あたしはおしっこに行きたくてしょうがなくなった。

 
 でも、こんな想像をしたあとで……
 手をあげて、『先生、トイレにいかせてください』なんて。
 

 はずかしくて、とても言えない。
 
【完】

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