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胡乱の者たち

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水をも漏らさぬ厳格な密室ミステリーです。 小説家になろうで高い評価を受けました(詳しくは3/6の記事『ご報告(力強い感想をいただきました)』をご覧ください)。 読んで損はさせませ… もっと読む
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胡乱の者たち(長編) 序

胡乱の者たち(長編) 序



 序
 人気上昇中だった動画クリエイター〈シルバ(中田銀)〉が、山中の空き家で絞殺体となって発見された。事件前に偶然、一度だけ〈シルバ〉と接触した丸多好景(まるたよしかげ)は、被害者の友人北原遊矢(きたはらゆうや)を誘い、捜査に乗り出す。
「密室で行われた殺人」、「家屋の持ち主の失踪」、「被害者の恋人〈美礼〉の不審死」、「その前の恋人〈ちょいす〉の異常な行動」など、調べを進めるうち不可解な点は

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胡乱の者たち(長編) 1

胡乱の者たち(長編) 1

 2019年3月2日(土)
 特殊な夜の予感がし始めていた。
 我ながら思い切ったことをしたものだ、と丸多好景(まるたよしかげ)はそれまでの経緯を思い返した。目の前の丸テーブルには冷めたコーヒーの入ったマグカップが一つ載っている。新宿のありふれたカフェ。女子大生らしい二人組は次に行くスノーボード旅行の話を無邪気に響かせ、ビジネスマン風の男は薄いラップトップPCをにらみながら、熱心にキーボードを叩い

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胡乱の者たち(長編) 2

胡乱の者たち(長編) 2

 2019年3月2日(土)
「もう店内にいるとは思いませんでした」言葉は丸多の口から滑るように出てきた。呼んだのは丸多の方であるため、当初は、会話を途切れさせないようにしなければならない、という一種の涙ぐましい使命感を持っていた。しかし、北原の現れ方に意外性があったため、会合の冒頭からそのような心配をする必要はなくなったのである。
「ええ、実は」北原は遠慮がちに答えた。「さっき、用事ができて遅れる

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胡乱の者たち(長編) 3

胡乱の者たち(長編) 3

 2019年3月9日(土)
 銀色のスカイツリーが、巨大都市に浮遊する塵埃(じんあい)に埋もれて霞んで見える。
 そこは丸多が初めて降り立つ駅であった。東京都墨田区に最後に来たのがいつか思い出せない。丸多は、乗ってきた電車が息を切らすように再び出発するのを棒立ちで眺めた。「見てみろ。これが日本の平均的な暮らしだ」と誰かが耳元で囁いてきそうなありふれた住宅街。踏み切りの音が止み、再び歩き出そうとした

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胡乱の者たち(長編) 4

胡乱の者たち(長編) 4

 2019年3月16日(土)
 一度行ったことがあるとはいえ、正確な道程(どうてい)はほとんど頭に残っていない。丸多は途中何度も車を路肩に止め、カーナビの画面を見直した。
「こっちで合ってますよね」丸多が言うものの、助手席に座る北原は愛想笑いを返すだけで、結局それは独り言にしかならない。タッチパネルを搭載した最新鋭まがいのカーナビも、殺人が起きた現場へ案内するために設計されたわけではないらしく、明

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胡乱の者たち(長編) 5

胡乱の者たち(長編) 5

 2019年3月21日(木)
「もっと人の少ないところにすれば良かったですね」
 丸多は夜まで絶えることのない人込みを見て嘆息をもらした。〈ナンバー4〉の連絡の後、集合場所は、三人ともアクセスしやすいという理由で上野に決まった。そのとき安易な発想で、「西郷隆盛像の前」と提案したことを、丸多は後悔していた。この混雑では、あの特徴のない〈ナンバー4〉が現れても簡単に発見できない。
「大丈夫ですよ」北原

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胡乱の者たち(長編) 6

胡乱の者たち(長編) 6

 2019年3月23日(土)
 東京駅前で北原を拾い、丸多は再びアクセルを踏んだ。駅舎前の広場では、思い出作りに余念のない人々が、スマートフォンに向けて思い思いのポーズを取っている。
「もうすぐで一年経ちますね」
「何がですか」北原はシートベルトをしながら訊いた。
「ここから歩いて十分くらいですよね。私がシルバさん、北原さんと初めて会ったところ」「そういえば、そうですね。もう一年ですか、早いですね

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胡乱の者たち(長編) 7

胡乱の者たち(長編) 7

 2019年3月24日(日)
 D通信 2019年3月24日 9時27分
 動画クリエイター「美礼」さんの姉、犯人隠匿(いんとく)の疑いで書類送検

 警視庁は24日、約二年前に、動画クリエイター皆川美礼さん(当時22才)が飲酒運転の上、物損事故を起こしたことを知りながらそれを隠蔽(いんぺい)したとして、姉の皆川明日美容疑者(29)を犯人隠匿の疑いで書類送検した。
 美礼さんは当時、チャンネル登録

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胡乱の者たち(長編) 8

胡乱の者たち(長編) 8

 2019年3月30日(土) この一週間、丸多の気分を多少なりとも前向きにしたものといえば、〈シルバ〉のチャンネルに届くコメント群だけだった。あれから数百件のコメントが集まり、〈シルバ〉の意志を存続させようとする動きは、ネットの片隅でくすぶるような盛り上がりを見せていた。
 事件の方は全く進展しなかった。集めた情報をなぞれば毎回、嫌がらせのような袋小路の壁が立ちはだかった。〈キャプテン〉から聞いた

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胡乱の者たち(長編) 9

胡乱の者たち(長編) 9

 2019年3月31日(日)「飛んだ災難でしたね」
 丸多は助手席の方をちらと見た。眠りかけていた北原は丸多の声により薄く目を開けた。
 二人は夜明けまで警察の現場検証に立会い、そのまま一睡もせず高速に乗った。今度は真正面から朝日を浴びなければならない。休日の早朝で、道が空いていることだけが救いだった。
「北原さん、お疲れのところ悪いですが、今日はまだ一つ仕事が残っています」
 北原は「はい」と言

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胡乱の者たち(長編) 10

胡乱の者たち(長編) 10

 2019年3月31日(日)「今朝、車の中で首を吊ってたんです」〈ナンバー4〉の語気には冷えた鉄のような重苦しさが込められていた。「きっと、丸多さんが事件の核心に近づくのを見て、ばれるのは時間の問題だ、と観念したんじゃないでしょうか」
「モンブランさんが殺してないとは、どういう―――」丸多が言い出すと、〈ナンバー4〉は「とりあえず、みんな座りませんか」と、引き続き暗い口調で言った。〈ニック〉、〈モ

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