次亜塩素水論争にみる科学リテラシー

新型コロナウイルスに対して次亜塩素水が有効かどうか、論争、検証が続いている。経済産業省はファクトシートを書き換え、有効性は検証中としている。

業界団体や一部の大学教授らは、次亜塩素水は新型コロナウイルスにも有効であるとしている一方で、別の研究者や医師らは科学的根拠がないとして反論している。

しかも、この新型コロナウイルスに対する有効性の有無に加えて、次亜塩素水を加湿機等で空間噴霧して用いる方法が、人体に有害か無害かという論争もある。

更に、ノロウイルス等に対する有効性が確認されている次亜塩素酸ナトリウムという似たような名前の溶剤があることから、その混同も含めて、問題を複雑にしている。

さて、この問題、どのように考えるべきか。

まず、買い占め等により消毒用アルコールの入手が困難になったことから、それに代わるものの早期の普及が求められた。その意味では、アルコール代替品として、ノロウイルスにも有効性な次亜塩素酸ナトリウムに注目が集まるが、毒性もあるため、用途が限られる。そこで出てきたのが、次亜塩素水である。

したがって、有効性を否定する以上、アルコール品薄のニーズに対応できる方策を提示すべきである。ただ、科学的根拠がないことだけをもって、否定ばかりでは、学者の世界では通用しても、実社会では説得力を持たない。

この手の議論では、往々にして科学的根拠がないとして有効性を否定したり、ことあるごとに科学的根拠は?等のコメントが見られる。

しかし、このような立論は、新型感染症や新型ウイルスに対しては、あまり賢い方法とはいえない。そもそも、科学的検証がされて、実態が解明されていないから、「新型」感染症、「新型」ウイルスなのである。逆にいうと、「新型」感染症や「新型」ウイルスは、症例も、研究も少なく、科学的根拠を得られないものなのだ。この点を見失っているから、科学的根拠、科学的根拠のオンパレードになる。確かに科学的根拠があるに越したことはないが、科学的根拠が証明されるまでには、相当に膨大な母数の症例や研究が必要であり、そこまでには相当な時間がかかるのである。

したがって、今の新型コロナウイルスについてもそうであるが、どんな薬や治療方が効くかわからないため、治療も対症療法でしかない。治療しなければ命に関わるなら、科学的根拠がなくても、有効性がありそうなら、その薬や治療方が試され、科学的根拠を判断するための症例になっていくのである。

科学的根拠が出るまでの相当期間を待つのはよいが、強毒性の感染症の場合、そんな悠長に科学的根拠を待っている余裕はない。そんなことをしていたら、多くの命が失われる。科学的根拠がなくても、有効性がありそうなら試してみるしかないのが新型感染症や新型ウイルスに対する姿勢なのである。

日常の健康管理とは異なり、未知のウイルスだからこそ、科学的根拠もない。しかし、その中でも対症していく必要がある。「新型」に対して、まだ大部分が未知の段階で、そもそも科学的根拠という論法を持ち出すこと自体、賢明とはいえないのである。

その意味でアルコール代替品ニーズに答えず、科学的根拠ばかり求めて有効性を否定する研究者の姿勢は、ガンジーが戒めた「人間性なき科学」と言える。

一方で、2つ目の論点である空間噴霧に関しては、慎重論が出ても当然だ。こちらは、次亜塩素水の人体への影響に関わるからだ。新型ウイルス相手であれば、それが悪い方に作用しても、それほど深刻ではないが、人体に悪影響がでるようでは大きな問題だ。ウイルスが死んでも、その物質で健康を害するなら、そもそもが本末転倒なのだ。

この点、メーカーやそれを支持する研究者は、次亜塩素水は新型コロナウイルスに有効であり、人体に無害であるから、空間噴霧も問題ないという。しかし、この立論にも問題がある。そもそも新型コロナウイルスは空気感染をするわけではないし、空気中の微量のウイルスは換気で対処できる。空気感染するのであれば、町中や公共交通機関で集団感染がこれまでに相当数のクラスター感染が出ているはずだが、閉鎖空間であったクルーズ船の事例以外、日本ではほとんど聞かない。

そして、空気感染しないのであれば、そもそも空間噴霧は無意味である。空気感染しないという、こちらは新型コロナウイルスの特徴としてある程度解明されているエビデンスに照らして、科学的ではない対処をすることを推奨しているのであり、立論自体に欺瞞性がある。

したがって、推奨するのであれば、きちんと人体への影響を検証してからにするべきであり、慎重論に分があると言える。

なお、次亜塩素水として売られているものの中には成分や製法が不明なものが多く、そもそも次亜塩素水なのかという疑念があるとされる。確かに成分が不明なものが多い。次亜塩素水は新型コロナウイルスに有効であり、人体に無害なのであれば、堂々と成分、製法を明記すべきであり、それすらできない事業者が多数なのであれば、それは科学的根拠云々以前の問題であり、便乗商法と言われても仕方がないであろう。

中には詐欺的な商品もありうるため、新型コロナウイルスに有効だと思って使っていた消費者が、何も効果がないため消毒されておらず、新型コロナウイルス感染症に感染してしまう悲劇も起こりうる。このような事態は回避する必要があり、人体への影響が出るまでは、人体への影響に関する科学的根拠を求めて、慎重な立場を取らざるを得ない。

新型感染症についての科学リテラシーについて、国民の知見の蓄積が急務である。

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