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書評「6月の軌跡―’98フランスW杯日本代表39人全証言」(増島みどり)

1998年のFIFAワールドカップフランス大会で、日本代表は初出場を果たします。そして、1998年当時の選手やスタッフ39人に取材し、39人の声を克明にまとめた書籍がありました。それは、「6月の軌跡」という書籍です。

スポーツジャーナリストの増島みどりさんが書いた本は、こうした本にありがちな、刺激的な発言や、批判、独白といった要素は一切ありません。ただただ淡々と、大会期間中のことを、39人それぞれの言葉で語り、振り返る。そんな書籍です。発売された当初購入し、何度も読みました。

そして、フランスワールドカップから20年経った2018年、「6月の軌跡」の続編「日本代表を、生きる。 「6月の軌跡」の20年後を追って」という書籍が発売されました。タイトル通り、「6月の軌跡」で取り上げた選手やスタッフ39人に取材し、現在の姿をまとめた書籍です。

「日本代表を、生きる。 「6月の軌跡」の20年後を追って」の書評はこちらに書きました。

そして、「日本代表を、生きる。 「6月の軌跡」の20年後を追って」を読んだ後、改めて「6月の軌跡」を読み返したくなり、現在はAmazonにも在庫がないので、図書館で借りて読んでみました。

アーセン・ベンゲルが岡田監督にすすめた1本のタバコ

印象に残ったエピソードがあります。

25人の候補メンバーから22人のメンバーを選んだ後、日本代表はベースキャンプ地のフランス・エクスレバンに移動します。

エクスレバンに移動した後しばらくして、プレミアリーグ・アーセナルで監督を務めていた、アーセン・ベンゲルが岡田監督を訪問しました。ベンゲルはグランドで岡田監督に会った後、こう語ったそうです。

「オカダ、お前はイージージョブでいいなぁ」

岡田さんが、なんでイージージョブなんだよと聞き直したら、ベンゲルはこう答えたそうです。

「だって、お前たち初めて出てきて、これだけ強いグループ(アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ)に入って勝てると思ってるの?楽しめばいいだけじゃないか」

岡田さんは、分かってないなぁお前さんはと笑った後、ベンゲルは夜も行くから一緒に飲もうやという話になったそうです。宿舎のバーで岡田さんはベンゲルに、「日本だって、初出場だからこそ結構プレッシャーもかかるんだよ。日本国内は今だって大変だそうだよ」って説明しました。

すると、ベンゲルは、

「そうか、オレもそういえば大変な時期はあったんだ。オカダもなかなか大変なんだな。ほら、こういう時は無理しないでこうするんだよ、楽になるから」って、自分のタバコをね、1本勧めるんですよ。それで、もう8年も吸ってなかったタバコを、久々に吸った。すってふーっと息をついたら、落ち着いたんですよ。あ、無理する必要ないんだな、って。

あれから、20年。岡田さんは2010年FIFAワールドカップ南アフリカで日本代表をベスト16に導き、アーセン・ベンゲルは、2017-18シーズン限りで退任するまでの間、20年以上もプレミアリーグ・アーセナルで監督を務め続けました。2人とも、20年という時間の中では、何度もタバコを吸いたくなるような状況を乗り越えてきたんじゃないか。そんな事を考えてしまいました。

真実なんて簡単には分からない

本書を読み終えての率直な感想は、当事者の言葉を読んでも、真実は分からないということです。

ある人は上手くいっていたと語り、ある人は問題があったと語る。たぶん、どれも真実であり、どれも真実ではないのだと思いますし、「こんな問題があるのはいけない!!」とか、「こんな問題に気づかないのが悪い!!」ということではないのだと思います。分かりやすく善悪や白黒つけたがる人が多いですが、現実は複雑です。ましてや、裁判なんてしたって、分からないでしょう。

言えることがあるとするなら、参加した監督、選手、スタッフ含めた全員が、最善を尽くそうと努力し、チームに参加したことに誇りをもっている、ということだと思います。

本書や本書の続編「日本代表を、生きる。「6月の軌跡」の20年後を追って 」を読んでいると、サッカーに関する本を読んでいるというよりは、戦争で戦地に赴いた兵士に関する本を読んでいるのではないかと感じます。普段生活していると、あまり考えることがない「日本のために」力を尽くした人が何を考えていたのか。どんなことを感じたのか。

戦略、戦術といった、サッカーの言葉では語れない、1人の人間の立場から読み解かれたサッカーとは、そして、ワールドカップとは。

日本が出場することが当たり前になった今だから、そして、ワールドカップ期間中の今だからこそ、読んでもらいたい1冊です。


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