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川崎フロンターレのサッカーは、なぜ「パスサッカー」になってしまったのか

風間八宏さんが監督を務めていた川崎フロンターレのサッカーが、「パスサッカー」と表現される事が増えたのはいつからだろうか。僕が2013年4月に「パスサッカーなんてサッカーはない」という記事を書いているので、就任当初から「パスサッカー」と表現されていたのかもしれない。

僕は「パスサッカーというサッカーはない」という記事で、パスはあくまで”相手を攻撃するための手段”と書きました。当時書いた記事を一部引用して、改めて説明させてもらいます。

僕が考えるパスをつなぐメリットは、以下の4点です。

1.効率的にボールをゴールに向かって動かすことが出来る。
2.相手を動かすことが出来る。
3.攻撃するための権利を保持することが出来る。
4.試合の”テンポ”をコントロールすることが出来る。

ここで重要なのは、”パスは数多く繋げばよい”というものではない、ということです。サッカーはゴールを奪った数を競うスポーツですから、1本のパスでもゴールに結びつけば、問題ありません。パスという”手段”の活用法は、チームによって違います。FCバルセロナのように、人と人とが短く正確で速いパスを繋ぐことでゴールを奪うチームもあれば、レアル・マドリーのように、長くて速いパスを正確に繋ぐことで、相手のディフェンスが整わないうちにゴールを奪おうとするチームもあります。僕が”パスサッカー”という言葉に違和感をもつのは、”パスサッカー”という言葉に”パスを繋ぐことだけのサッカー”という意味も含まれていて、受け取った人に誤解を生むと考えているからです。

風間さんは、「ボールを持つこと」はあくまで攻撃するための”手段”と位置づけ、しかし全く違う方法で結果を出してくれても構わないと思っている監督です。フットボールサミットで水沼貴史さんとの対談では、「横パスは1本もいらない」と語っていたくらいです。

2013年の川崎フロンターレは、パスをつないで相手の守備を崩すというよりは、相手が何人で守っていても、一見してスペースがないように見えても、パスの受け手と出し手の関係で、手数をかけずに相手の守備を崩してしまう。そんな攻撃を得意としているチームでした。2013年シーズン第16節の浦和レッズ戦の3点目のゴールは、左ウイングバックの登里が(なぜか)ペナルティエリア内でパスを受け、中央に走り込んだ山本真希にパスを出して、ゴールを決めています。浦和レッズの選手は4人の選手がボール周辺にいましたが、登里と山本のパス交換だけでゴールをきめています。


また、2013年シーズン第34節横浜F・マリノス戦のゴールは、ボールを奪ってから、走っている選手が誰もスピードを落とさずにパスを繋ぎ続け、相手の守備が整う前にゴールを奪ってみせました。当時、何十回とこのゴールシーンを観ました。そのくらい素晴らしいゴールだったと思います。


2013年から2014年シーズンくらいまでは、相手が何人で守っていても、パスの受け手と出し手の関係で相手の守備を崩すサッカーが出来ていました。しかし、2015年シーズンから少しづつ川崎フロンターレの攻撃で、そんなシーンが観られなくなりました。僕は風間監督と大久保嘉人が退団した要因の1つとして、川崎フロンターレのサッカーが変化したことが大きいと思っているからです。そして、この変化は大久保と風間監督の意図通りではなかったと思っています。風間監督は何度か修正を試みていますが、修正できませんでした。

川崎フロンターレは、2015年以降、少しずつ世間一般で言われる、ただボールをキープするためにパスをつなぐ「パスサッカー」へと変化していきます。なぜ川崎フロンターレのサッカーは変わってしまったのか。じっくりと振り返ってみたいと思います。

風間監督が目指した「パスの受け手と出し手の関係で相手の守備を崩すサッカー」

風間監督のメソッドをまとめた「止める」「運ぶ・外す」「受ける」「シュート」というDVDがあります。このメソッドに収められている基本的な技術を徹底的に磨き、質を高めることで、相手の意図を上回るプレーをして、得点を奪う。この動きを試行錯誤しながら、少しずつ形になっていったのは、2013年から14年頃でした。

風間監督が組み立てる練習で多いのは、3人1組の練習です。2人が横方向にパスを繋いでいる間に、残り1人がマークを外して縦パスを受け、残り2人もパスを受けようと動く。パスは受け手のスピードを止めないように、正確に動いた選手の足元に出す。この練習を、相手のDFありなし、コーンありなしといった、様々なシチュエーションで練習します。

風間監督のメソッドが体験出来る、「トラウムトレーニング」というトレーニングプログラムがあるのですが、「止める」「運ぶ・外す」「受ける」「シュート」、それぞれのテーマで、たっぷりと3人1組の練習をやります。この練習では、基本的には縦方向にパスを出し、ボールをゴールに向って最短距離で運ぶことを目的として練習します。横方向のパスも、縦方向のパスを出すために行います。このような練習を繰り返し繰り返し行う監督が、パスをただつなぐだけの「パスサッカー」を志向するでしょうか。

「パスの受け手と出し手の関係で相手の守備を崩すサッカー」のキーマン

川崎フロンターレが2013年、2014年シーズンに、「パスの受け手と出し手の関係で相手の守備を崩すサッカー」が出来ていた理由は、「縦方向にパスを出して、受ける」動きをゴールに向って出来る選手が、必ず1人スタメンにいたからです。ゴールに向かって「縦方向にパスを出して、受ける」動きを繰り返すことで、ボールが前に進んでいきますし、相手守備者の位置が少しずつ下がっていきます。こうした選手はボールを持って特別なプレーをするわけではありませんので目立ちませんが、川崎フロンターレのサッカーには必要不可欠な存在でした。

2013年に「縦方向にパスを出して、受ける」役割を担っていたのは、山本真希でした。「フィールドのどこにでも顔を出す」「マラソン大会にも出られる」と言われるほど、90分間通して「出して、受ける」動きを繰り返す事が出来る山本がいなければ、2013年シーズンのリーグ順位が3位になることはありえませんでした。大久保がキープしている間に、山本が大久保を追い越していく動きが、当時は何度もみられました。

2014年に、山本がスタメンで起用されなくなった後、「縦方向にパスを出して、受ける」役割を担っていたのは、森谷賢太郎でした。森谷は2014年は右サイドで主にプレーしていましたが、縦方向に何度も動いて、相手のマークを外し、ボールを受けて、すぐにパスを出す。特に大久保にパスを出して、自ら大久保のパスを受けに行く動きは、チームの攻撃をスムーズにする役割を担っていました。

山本や森谷のように、「縦方向にパスを出して、受ける」選手にとって、真っ先にパスを出す選手が大久保でした。大久保がボールを受け、キープし、追い越した山本や森谷にパスをする。山本や森谷、そして左サイドのレナトがボールを運び、最後に中村と大久保のコンビネーションで仕上げ、得点を奪う。このパターンで、川崎フロンターレはいくつもの素晴らしいゴールを記録してきました。

なぜ「パスの受け手と出し手の関係で相手の守備を崩すサッカー」は次第にみられなくなったのか

しかし、2015年シーズン辺りから、少しずつ川崎フロンターレのサッカーは変化していきます。きっかけはいくつかあるので、順を追って紹介していきます。

まずは、エウシーニョの加入です。エウシーニョは左サイドに比べて弱かった右サイドの攻撃を強化するために獲得した選手です。しかし、エウシーニョはサイドでボールを受ける事に長けた選手です。エウシーニョの加入によってスタメンを外れたのは、森谷でした。森谷は「縦方向にパスを出して、受ける」プレーに長けた選手でしたが、エウシーニョは「受ける」事に長けた選手です。しかし、サイドで受ける事に長けた選手だったエウシーニョを活かそうとした結果、中央のエリアを最短距離でボールを運んでいく攻撃を選択する回数が減り始めました。

川崎フロンターレにとって大きな痛手となったのは、2015年シーズン途中のレナトの移籍です。レナトは「縦方向にパスを出して、受ける」選手ではありません。ましてや、左サイドの選手だったので、中央のエリアを最短距離でボールを運んでいく攻撃には関係ない選手だと思う人もいるかもしれません。しかし、大久保がボールをキープした後のパスの受け手になっていた1人がレナトでした。レナトがスピードの速いドリブルで一気にゴール付近までボールを運び、自らシュートを決める、あるいは大久保にぶつけるようなパスを出してゴールを奪う。そんなゴールパターンだけでなく、レナトのドリブルという武器が失われた事で、川崎フロンターレの攻撃のスピードはより遅くなってしまいました。

そして、中村憲剛。2014年以降はボランチでの出場が増えましたが、中村憲剛がボランチを務めると、「縦方向にパスを出して、受ける」動きをするプレーヤーではないので、どうしても中央のエリアを最短距離でボールを運んでいく攻撃が減ってしまいます。本人のプレーの変化もありますが、中村、大島のボランチが定着した2014年以降は、この2人でボールが持てるので、どうしても縦方向に一気にボールを運ぶようなプレーが減り、一旦テンポを落としてから攻める事が増えました。

当然、相手チームも川崎フロンターレのサッカーに対する対策を仕掛けてきます。露骨なくらいフィールド中央のスペースを狭めて守るチーム、FWがボールを積極的に奪いにくるチーム、中村や大島にマークをつけてくるチームなど、様々な対策をしてきました。もちろん、中央から攻撃出来る時は、中央から攻撃を仕掛けていました。しかし、相手チームの対策を避けようとする過程で、中央を経由した攻撃が減り、サイドを経由した攻撃が増えていった事でパスをつなぐ数が増えた結果、ボールを保持する時間は増えたものの、「パスの受け手と出し手の関係で相手の守備を崩すサッカー」は次第にみられなくなっていきました。

サッカーの変化に苦悩した大久保

この川崎フロンターレの攻撃の変化に影響を受け、苦悩したのが大久保です。

大久保の苦悩はさんざんブログで書いてきましたが、川崎フロンターレの攻撃が少しずつ変わってきたことで、自身の得点パターンの見直しが必要になりました。大久保の得点パターンは、フィールド中央付近でパスを受け、ボールをキープして、味方にパス。パスした後にゴール近くに走り込み、再びパスを受けてシュートを決める。これが得点パターンでした。

ところが、少しずつ大久保が待つ中央のエリアにパスが出なくなります。パスを待っていても、何度要求してもパスが来ない。しかたなく、大久保はプレースタイルを変えて、ゴール前でいかにボールを受けてゴールを決めるか、工夫するようになります。しかし、背が低い大久保がどれだけ工夫しても、限界がありました。大久保は次第にストレスと溜め込んでいくのは、観ていてよく分かりました。大久保は2017年シーズンからFC東京でプレーすることを決断します。川崎フロンターレのサッカーが変わってしまったことも要因だと思います。

サッカーの変化によって恩恵をうけた小林悠

川崎フロンターレの攻撃が少しずつ変化していくなかで、恩恵を受けた選手もいます。それは、小林悠です。小林は風間監督が就任後に、相手の背後をとる動きを身につけ、得点を量産するようになります。小林は大久保に比べるとボールを扱う技術は劣りますが、相手の背後をとる動きと、横からのパスに合わせる動きは、大久保より優れています。サイドからの攻撃が増えたことで、大久保の得点チャンスは減りましたが、小林の得点チャンスは増えました。2016年に小林が15ゴールを奪ったのは、サイドからの攻撃が増えたことと無関係ではありません。

風間監督は複雑な心境だったのではないか

当然。風間監督が、川崎フロンターレの攻撃が少しずつ変わっている事に、気づいていないはずはありませんでした。元々「横パスは1本も要らない」と語っている人ですから、パスをつなぐ本数が増えていくことについては、技術が上がってきたと喜ばしく思う反面、複雑な心境でもあったはずです。

風間監督はチーム状態が悪くなったら、何度か軌道修正をかけようとしています。山本や森谷をスタメンに戻したり、中村のポジションを変えたり、フォーメーションを変えたり、センターバックの配置を変えたり、田坂をDFで起用したりと、試行錯誤を続けました。一時的にチームの状態が改善することはありましたが、相手が何人いても、パスの受け手と出し手の関係で崩すサッカーは、徐々に観られなくなりました。正直言うと、川崎フロンターレの試合を振り返って、「つまらない試合が増えたな」と思ったこともありました。

風間監督は、別にFCバルセロナのサッカーの信奉者ではありません。ドイツでプレーしていた経験があるので、むしろ中央を経由して、最短距離でゴールを奪う、ブンデスリーガでよく観られるサッカーの方が、風間監督にとっては馴染みがあるサッカーだと思います。2016-17シーズンのドイツ・ブンデスリーガでは、RBライプツィヒやホッフェンハイムといったチームのサッカーが話題になっています。両チームとも、中央を経由して、最短距離でゴールを目指すサッカーを指向しています。それは、風間監督が川崎フロンターレ就任当初に披露していたサッカーに近いと、僕は考えています。

風間監督が目指すサッカーは「パスサッカー」ではない

風間監督は、2017年に名古屋グランパスの監督に就任しました。2015年以降の川崎フロンターレのように、「パスサッカー」を期待する人が多いと思いますが、風間監督が名古屋グランパスで目指すサッカーは、僕はRBライプツィヒやホッフェンハイムのようなサッカーじゃないかと思います。川崎フロンターレでこのサッカーをやろうとすると、メンバーややり方を変えなければなりません。なにより、中村憲剛というチームの象徴とも言える選手に対する扱いを考えなければなりません。そのストレスと向き合うよりは、違うチームでやりたい。そう考えても不思議ではありません。

僕が長々と川崎フロンターレのサッカーの変化を振り返った理由は、それがすなわち、風間監督就任後の変化を振り返ることであり、風間監督と大久保が退団した理由を説明することであり、振り返ることで、2017年シーズンに川崎フロンターレが向き合わなければならない問題が明らかになる、そう考えたからです。

川崎フロンターレが2017年シーズンにタイトルをとれるか、そして名古屋グランパスがJ1に昇格できるかどうかは、また別の機会に書きたいと思います。この原稿を読んで、風間監督が志向しているサッカーに対する理解と、川崎フロンターレのサッカーが少しずつ変わっていたことを理解して頂けたら幸いです。

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