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鬼木監督の「シーズン序盤に無理をしない」采配がJリーグ制覇という結果につながった

僕が川崎フロンターレの1年間の戦い方を振り返って印象に残っているのは、鬼木監督が「無理をして勝ちにいかなかった」事です。

監督1年目だと、目の前の勝ち点欲しさに、相手の弱点を分析して相手の弱点を消す事に注力したり、力のある選手にシーズン序盤から無理をさせた結果、夏場を超えた頃から疲労を溜め込み、シーズン終盤にパフォーマンスを落としてしまう事があります。よく野球で見かけるのが(阪神の監督がやるのですが)、シーズン序盤から力のあるリリーフ投手を何試合も起用し、シーズン序盤は勝てるけれど、最後に失速して、チームの順位を落とすという采配です。

パフォーマンスが落ちてきたと思ったら最後。決して戻る事はありません。鬼木監督は、シーズンを通して、無理して勝ちにいかず、チームをマネジメントしていこうとしているように感じました。シーズン序盤から、シーズン終盤を見据えて戦っている。選手起用からそう感じられる試合がいくつかありました。

2016年シーズンまで監督を務めていた風間監督は「目の前の試合に勝つ」事を重視して、チームをマネジメントする監督です。選手に全力を出させるために、「先の事は考えない」「目の前の試合に勝つ」と言うのはよいのですが、選手にはそう伝えつつ、先の事を見据えてチームを作るのが監督です。

風間監督は、目の前で起こりうるチームの成長や変化を重視する反面、選手に必要以上に負荷をかけ、怪我人を増やしてしまい、シーズン終盤にパフォーマンスを落とす選手を増やしてしまうということがありました(名古屋グランパスでは大分改善されました。風間監督も年々進化しています。)。

では、鬼木監督はどう無理をしなかったのか。無理をさせずに起用した例として思い出すのが、谷口と中村です。

印象に残った谷口をACLに帯同させなかった試合

谷口は、2014年シーズンから加入後ほとんど大きな怪我なく公式戦に出場し、2014年は35試合、2015年は43試合、2016年も45試合に出場しています。「無事これ名馬」という言葉があります。怪我せず、病気せず、常に試合に出場出来るコンディションを保っている谷口は「名馬」と表現するのに、ふさわしい選手です(谷口については、後日たっぷり書きたいことがありますのでお楽しみに)。しかし、谷口も人間です。疲労や小さな怪我をかかえている影響で、シーズン終盤はパフォーマンスを落とす傾向がありました。

中村のプレーヤーとしての能力には、2016年シーズンはMVPを獲得したことからもわかるように、疑いの余地はありません。ただ、2015年のシーズンオフに足首を手術したり、2016年のチャンピオンシップは怪我でベンチスタートを余儀なくされたり、シーズンが進むにつれて、パフォーマンスを落とす傾向がありました。中村をいかにして1年間もたせるか。それはチームとしての課題でもありました。

鬼木監督が谷口に配慮していると感じたのは、ACLグループステージ第2戦のイースタンSC戦で、谷口を帯同させなかったことです。中3日で迎えた、J1リーグ第2節のサガン鳥栖戦では、スタメンで出場していた事を考えると、谷口が大きな怪我をかかえていたり、病気だったとは考えにくいので、鬼木監督は奈良や井川を起用し、谷口に無理をさせない事を選択したのだと思います。

この試合の選手起用によって、鬼木監督と風間監督の違いが明確になりました。鬼木監督は日程を見据え、選手のコンディションをきちんと管理し、勝負どころはシーズン終盤だと考え、序盤は選手に無理をさせない起用をしていたのだと思います。

もちろん、シーズン序盤は怪我人が多く、起用出来る選手に限りがあるという状況でもありました。ただ、シーズンオフが短かったこともあり、鬼木監督は選手のコンディションを考え、序盤は無理せず、焦らず、多くの選手を起用しながら、勝ち点を獲得していこうと考えていたような気がします。風間監督なら間違いなく谷口が帯同していたであろう試合で、谷口が帯同しなかったという采配からは、鬼木監督の「コンディションを重視している」というメッセージを選手に伝えるのに、十分な効果を発揮したと思います。誰もが認める選手に対する配慮や采配というのには、選手は敏感に反応するものです。

中村憲剛は8月の6試合で全て途中交代

鬼木監督が無理をさせなかった選手が、中村です。中村は8月5日に行われた第20節のFC東京戦から、6試合連続で途中交代しています。中村は2016年シーズンまでは、試合に出たら90分試合に出場するのが当たり前という選手でした。ところが、中村も2017年には37歳になります。1年間コンスタントに素晴らしいパフォーマンスを披露してもらうために、無理をさせずに起用する期間が必要。そう鬼木監督は考えていたのだと思います。

鬼木監督の考えは、「夏場はフル出場させない」という判断でした。中村が途中交代した6試合は、全て8月に行われた試合です。この時期に中村を70分前後で交代させ、無理をさせなかった事で、中村は大きく消耗することなく、シーズン終盤を迎えられたと、僕は考えています。

また、2016年シーズンまでの中村は、90分体力をもたせるために、試合中に守備で手を抜くことがありました。しかし、2017年シーズンの中村は、「疲れたら代えてもらえる」からか、守備で手を抜かず、全力でボールを奪いにいくようになりました。中村が守備で手を抜かなければ、他の選手も手は抜けません。鬼木監督は、誰もが認める選手に対してきちんと配慮しつつ、厳しく要求することも忘れていなかったことが、中村の起用から感じました。

中村の起用法を変えるきっかけになったACLの敗退

中村の起用法を変えるきっかけになったのは、9月13日(水)に行われた、ACL準々決勝第2戦の敗戦だと思います。

車屋の退場をきっかけに、DFの選手を入れる必要があった試合で、前半42分で交代した選手が中村でした。この試合の選手交代についてはレビューに書きましたが、僕は鬼木監督はこの試合をきっかけに、中村という選手の価値を再認識した気がします。勝負どころでは、中村の力が必要になるということを認識し、そろそろ勝負どころだと考えた鬼木監督は、この試合以降70分で中村を交代させるという選手交代を選択することはありませんでした。中村は第26節以降は全ての試合に出場し、途中交代した試合は2試合だけ。しかも、80分過ぎの交代です。第26節の清水エスパルス戦は、ACL準々決勝の次の試合です。鬼木監督の考えが変わった事がよく分かります。

横浜ベイスターズの監督を務め、2017年のWBCでは投手コーチを務めた権藤博さんの言葉に「無理せず、急がず、はみ出さず。自分らしく、淡々と。」という言葉があります。

この「無理せず、急がず、はみ出さず。」というのがとても大切で、大抵の監督は「無理する、急いで、はみ出してしまう」ものです。目の前の結果を求める事が、本当に得たい長期的な繁栄にはつながらない。そういうことが往々にして起こりうるものです。鬼木監督は、目の前の勝利にこだわりすぎず、シーズン通してないし得たいことをきちんと見据え、無理せず、急がず、はみ出さずにチームをマネジメントしてみせました。リーグ戦第20節から11勝3分という素晴らしい結果は、鬼木監督の先を見据え、無理せずにコンディションを維持することを重視したマネジメントが要因だと思います。最後まで選手が動けていました。

鬼木監督の真価が問われるのは、来年以降

ただ、鬼木監督のマネジメントは、風間監督が基盤を作り、選手の能力も上がり、タイトルをとるという目標が明確になっているチームだからこそ出来た事でもあります。選手は持てる力を発揮することは出来ましたが、劇的な成長を遂げたとはいい難いところもあります。成長と最適化という二兎を追わなかった事は良かった反面、どこかで歪みが出てくる時がきます。来年はまだ大丈夫かもしれませんが、選手を入れ替えたり、選手の成長を我慢して見守る局面が出てくると思います。そして、来年38歳になる中村をどう起用するのか、鬼木監督は引き続き宿題をかかえることになります。

鬼木監督の真価が問われるのは、2018年シーズンです。厳しい言い方をすると、今年は貯金を取り崩したシーズンです。僕は2018年シーズンこそ、鬼木監督の取組に注目したいと思っています。楽しみです。

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