【短編小説】電柱とクリスマスケーキ
電柱と人家の塀や生垣の間を通ると、異世界に繋がっているところがある、というオカルトじみた話をご存知だろうか。
いままでボクの周りにはその話を知っている人がほとんどおらず、ごく限られた地域の怪談なのかとも思ったが、過去にはマンガなどで取り上げられたこともあるという、知る人ぞ知る都市伝説と言ったところなのかもしれない。
もし誰かそんな場所を知っている人がいたら、ボクをそこへ連れて行って欲しい。
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最近とある別れを経て、久々に独りで過ごす年末年始の孤独を回避するため、早めに実家へ帰省し、15年ぶりに両親とともにクリスマスを過ごす予定になった。
子供の巣立った家の親ともなると、クリスマス料理になんらイベント性など追い求めないであろうから、何か出来合いのものでも買って帰ろうかと母に相談の電話を入れてみると、ケーキを4つ買ってきてという。
2つ上の兄は元日に彼の家族と帰省すると聞いており、クリスマス当日はボクと両親だけのはずで、誰か他に来客でもあるのかと聞こうとすると、その間でボクの意を察した母はこう応えた。
チーコがいつ帰ってきてもいいように。
そしてボクは、そうだったねと返して電話を切る。
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チーコはボクの5つ上の姉だ。
姉は幼い頃、テレビの心霊特番で見たイタコの真似ごとをして、かつて可愛がっていた手乗り文鳥をその身に降ろして以来、チーコと呼ばないと返事をしなくなったという。
そして家族もそのうち飽きるだろうと思ってしばらく付き合っているうちに、誰もがやめ時を失ってしまい、姉の愛称はチーコで定着してしまった。
そのうえボクはなぜか物心ついた時には、姉から文鳥のチーコの相棒だったピースケの名を与えられ、以来姉だけがボクのことをピースケ(ピーちゃん)と呼ぶようになった。
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チーコは、かつて両親共働きでまだ親の愛に飢えていた幼いボクの母親代わりをしてくれた優しい人だった。
しかも彼女は幼い頃から頭もいいうえに大層なお転婆で、口喧嘩でもリアルファイトでも近隣の男子勢も一目置く存在として、ボクら町内のガキ大将を勤め上げた女傑であった。
そのためボクは彼女から多くの愛情を受け取りながら、いつも畏敬と羨望の眼差しで彼女を見ており、ボクは彼女のおんぶを卒業して二足歩行を始めてもなお、常にヨチヨチと彼女の後をついてまわっていた。
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ガキ大将を勤めるくらいだから、彼女は実に人心掌握に長けていたのだが、その方法はとても歪んだものだった。
彼女は幼い頃から町中の大人を捕まえては怪談話をせがむような少し変わった子供だったそうで、そうして幼少期から仕入れた無数のオカルトや怪談話を駆使して、怪しげな笑みとともにそれを度々仲間内に披露しながら、彼女に歯向かう者は呪われると信じこませるのがその手口だ。
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ある時ボクらの町に東京から引っ越してきた女の子がいた。名前は忘れてしまったが、彼女はボクらと違って色白で上品で。物珍しさも手伝ってボクらはすぐに彼女を遊び仲間に加わえることにした。
だが彼女は一人っ子のお嬢様特有の少し高飛車で跳ねっ返りなところもあり、常に話題の中心にいるチーコに強烈な嫉妬心をおこしたようだ。
当時山猿のように日焼けして可憐さの欠片もなかったチーコに対し、彼女は女性らしさを持ち出して対抗し、おままごとやお人形遊びといった、おしとやかな遊びで(しかもおやつは紅茶とケーキだ)仲間達の造反を企てたのだった。
しかし何のことはない、その夜チーコはお気に入りの長髪のカツラと白装束とケチャップを持って家を出ると、翌日には彼女と離反者を従わせることに成功していた。
実は後で聞くと、チーコは仲間の造反などには全く興味がなく、ただ自分抜きで皆がケーキを食べていたのが許せなかったのだそうだ。
そんな恐怖を振り撒く存在ではあっても、彼女は味方にさえつけておけば、喧嘩に勝つための術や、年少者への優しさ、多くのイタズラや新しい遊び、虫や植物なんかのサバイバル知識を兼ね備えた、実に理想的なリーダーだったのだ。
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そんなチーコが小学校を卒業した後。偉大な先代の後を引き継ぐ気概など誰にもなく、またその数年後にテレビゲームなる新たな遊びの台頭もあり、ガキ大将を頂点とした組織は次代に分科会形式になって崩壊して行った。
しかしボクは姉を誇る気持ちと、ガキ大将に対する憧れを引きずっていたため、相変わらず彼女の後を追っかけていつもと変わらない気分で過ごしていた。
ところがこの当時、チーコにはいろいろな変化があったようで、それが環境に依るものか性徴に依るものかは定かじゃないけれど。彼女は少しずつ色白になり化粧も覚えてキレイになって行くかわりに、かつて彼女が持っていた優しさや温かい雰囲気を急速に失って行ったように感じた。
いつも付きまとっていたボクが彼女から疎ましがられだしたのもこの頃からで、人知れずボクが喪失感に恐怖するきっかけとなったのもこれを契機としていたような気がする。
それでも彼女がたまに機嫌がいい日なんかには、ボクは近所の〈マクドナルド〉に連れ出されて、相変わらず新しく仕入れたオカルト話なんかを聞かされていた。
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それはとあるクリスマスイブの日の〈マクドナルド〉でのこと。
「電柱てさ、あれって大体道の端に建ってるじゃない?その電柱と人ん家の塀とかの間を通ると異世界に繋がってる所があるんだって。」
その頃既に人の顔色を伺うことで平穏を勝ち取るような生き方をしていたボクは、それに対し否定も肯定もせず、氷が解けて薄まったコーラをごくりと飲み込みながら、彼女が好むであろう不安げな表情を作ってみせる。
「ねぇ、今から探しに行こっか?」
彼女は怪しげな笑みを浮かべ、それはまさにかつて呪いでボクらを従属させたときの、相手の拒否を赦さない支配者の表情で、否も応もなしにボクは異世界への入口を探すハメになっていた。
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正直なところその話に対する印象は、横断歩道は白いところしか踏んじゃだめみたいな、小学生の下校時の遊び程度のものでしかなく、要するにボクはあまり興味をそそられてはいなかった。
それでもボクは彼女の機嫌を損ねないよう、久々に一緒に探検に行ける喜びと、異世界への不安感を上手く表情に浮かべながら、早々に店を出て行く彼女の後を慌てて付いて行く。
バスに乗り、商店街を抜け、チーコは目的地に向けて迷わず進む。
その間ボクが人混みで紛れてしまわないように、チーコは常に手を繋いでいてくれていて、その時はあの優しかった姉が戻ってきたようでボクは嬉しかった。
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目的地とは言っても、ただの知らない住宅街の路地なのだが、彼女は早速周辺の電柱を調べ始め、ボクはボクで異世界へ繋がる電柱の特徴も何も知らないものだから、ただ電柱周辺で何かを探すふりをして時間をつぶしていた。
ただ師走ともなると日が落ちるのもの早く、あたりは既に街灯が点りはじめるような時間になっていたため、その暗さと異世界探しなんていうオカルト的な行為に何か不穏なモノを感じ、ボクは少し怖くなってきて彼女の元に歩み寄る。
そしてもう暗いから帰ろ?とボクが珍しく先導して路地の出口に向けて歩き出した時、彼女は後ろから「ピースケちゃん」とボクを呼んだ。
それに応えてボクが振り返ると、そこにチーコの姿はいなくなっていた。
ボクはその路地で彼女のことを必死に探したことまでは覚えているが、知らない住宅街でバス代すら持っていなかったボクが、どのように帰宅したのかは覚えてはいない。
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その後のボクは一時期、気がふれたように電柱の研究と調査に没頭し、日々各所の電柱を訪ね歩いていたのだが、不思議なことに、あのチーコがいなくなった路地に二度と辿り着くことはなかった。
そんなフィールドワークも何の成果もあがらないままの状態がしばらく続き、都市の無電柱化計画で目当てとなる電柱がそのうち失われるのではないか?という焦りの反面、それでも日本では毎年新たに数万本の電柱が増え続けているという数への絶望感で、いつしかボクは動くに動けなくなってしまっていた。
その替わり、神隠しにあった子供が数年後に戻ってくるという話もあるように、いつしかボクは、チーコがそのうちひょっこり帰ってくるのだという期待を心の支えとするようになり、それからは少しずつ人並みの生活を取り戻して行くようになった。
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母との電話から、随分とチーコの想い出に浸ってしまいそろそろ家を出ないとケーキ屋の閉店が迫る時間帯になってしまった。
だがこの話にはまだ続きがあって、それはとても悲しい結末を迎えることとなる。
最後にそれを手短に話そうと思う。
その後のボクは、進学や就職といったライフイベントをこなす中で、いくつかの恋に落ちたり、現実的な喪失感を味わったりして、順風満帆とは行かないまでも徐々に大人への階段を昇っていった。
その間チーコのことを忘れることはなかったけど、大人の社会というものは、そこに想像や妄想による逃げ場もオカルトも存在する余地がなく、ただボクらを現実に縛り付ける事だけに執心したシステムで、彼女にかまける時間は確実に減って行った。
そしてこれはそれまで本能的に目を背けてきた事ではあるのだけど、幼馴染との過去話の食い違いや、家族アルバム、姉との思い出の品、そんなこれまで違和感を感じていたモノどもの示す状況証拠の精査と、抗いようのない決定的な証拠となる公的機関の書類によって、ある時、信じがたい現実を受け入れざるを得なくなってしまった。
それを心から認めてしまうのは本当に悲しいことだけれど。
つまりボクにはもともと姉なんてものが存在しなかったという現実だ。
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主人公の成長や心の回復と、イマジナリーフレンドの消失というテーマは小説ではよくあるものだが。
実際に存在しない者への喪失感は、心が張り裂けんばかりの苦痛を伴う。なにせすがることも、探すことも叶わないのだから。
ボクは過去それに耐えられず、彼女を異世界に追いやることで彼女の不在を自ら納得させつつ、彼女がどこかで元気にしていて、そしてまたいつかは帰ってくるのだと、一縷の希望を残すことで心のバランスを取り続けてきたのだ。
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もちろん今語っているボクは、いくつかの薬剤と、長い時間の経過に癒やされて、チーコにまつわること全てがボクの妄想であったということは理解はしている。
ただボク以外に、チーコのためにケーキを残していてくれる人がいなくなってしまったら、本当にチーコが無になってしまうようで、特にいつも腫れ物に触るようにボクに接してくれる母には申し訳無いのだが、未だにこのことは両親に話せずにいる。
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ボクはいまでもチーコのことを思い出すと、懐かしさとともに小さな心の痛みを感じる。今日だってそうだ。
またチーコに会いたい。
もしまたキミと会えたら、あの時のように手を繋いでもらいたい。
そして二人でケーキを食べて、今度はボクも一緒に異世界につれていってくれないだろうか。
そんなことを願いながら、チーコのためのクリスマスケーキを買って、実家に帰省することにする。
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