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「店じまい」 nisai 31日間アトリエショップ 17日目〜31日目(2020年4月1日→4月16日)

続き。そして終わりの記録。



4月1日(水)/17日目

アシスタントはこうみ。リメイクオーダーワークショップ「僕らの服」のオンライン対応をはじめる。制作途中だった作業を進めていく。


4月2日(木)/18日目

「僕らの服」の予約をしてくれていた方と、二人で作業。

なんとなくマスクを作ってみた。防菌性のない、飾りみたいなマスク。実用性じゃない、ファッションでしかない、いや、ファッションですらないマスク。ニット再構築で作って、リボンのステッチで前面にバッテンを沢山あしらったマスク、ペイント生地やパッチワークで縫ったマスクを、5点。だけど全然しっくりこなくて、全部ボツにした。

頭が沸騰していた。不完全な補償対応。フェイクニュース。RT数が多いからとか、父親の友人からの情報らしいんだけどなんて、その情報が正しいか正しくないかは不明なまま、正義をかざして集団でバッシングするSNSの様子。耐えるしかない状況の中で、不安を煽りたいだけの煽動者の影をいつも感じた。うんざりして、1ミリも加担したくなくて、インターネットからしばらく離れた。


持ち込み服のリメイクワークショップでは、
仕上げにnisaiのタグを縫い付けるサービスを行ってる。

この日、
縫い付けるところを後ろから眺めてたお客さんが
「魂が宿る瞬間ですね」
と、感動気味に口にした。

約4時間かけて、黙々と縫っていた女性が
たった10秒で縫い付けるタグの瞬間に、そう言った。

こっちとしては
「4時間も縫っていたのはあなたですよ」
「あなたが着る瞬間にこそ魂が宿るんですよ」
と思うけど、でもこれってある意味
本質的には互いに同じことを思ってるのかもしれない。

布じゃない、服じゃない、
価値は、その前後にあるんだって話を
すれ違いながら互いを思い合ってる。

10秒で縫い付けるタグには、ブランドの数年が
一瞬で羽織る瞬間にも、着る人の人生が宿ってる。
このすれ違いがまた服になって
心と体に出会う。

それをいつまでも繰り返していられたらいいな。


4月3日(金)/19日目

nisaitoyou.comから注文してくれていたアイテムの梱包発送作業を行う。午前中、先日面接に来てくれてたモデル候補の男の子の最後の撮影を行う。

ワークショップ予約の方が、持ち込みニットのリメイクを完成させる。たくさんお話をしたわけでもなく、静かな時間を過ごしていたのに、帰り際「楽しかったです、また来てもいいですか」と言ってくれた。またいつでも来て下さいねと言えないことがもどかしかった。

またここで必ず再オープンするので、その時はぜひ、と見送った。


4月12日に予定していた、アトリエショップ内で行うライブイベントの延期中止を発表した。


4月4日(土)/20日目

予約がなかったから、この日は久しぶりに完全休暇にした。アトリエショップを開始してから19日間、ほぼ毎日、朝10時から夜中の12時近くまで、滞在制作していた。新しい依頼が入って、新しいアイデアが生まれて、新しい人に出会い、新しい制作が進む、作りやすい、居心地の良い、この環境が本当に好きだった。でも少しずつ終わりが見えてきた。予定よりもはやく閉めないとダメな終わり方が。


4月5日(日)/21日目

リメイクオーダーメードの、オンライン対応を行う。実験的な試み。


不安と混乱が渦巻いて、国民全体で同じ問題を共有してるから「自分だけ」の話が出来ない。自分だけの話をしてるつもりが、国民全体の話になっていく。外に出られなくてしんどいな、お客さん来てうれしいな。普段ならなんでもない個人の感情や発信に、無数のハッシュタグが付けられて、意図じゃない別の意味が付加される。固有の感情が持ちにくく、些細な感情まで全体化されていく。

そうして、結果、日常的なことを話せなくなるか、社会批判や政治的なことしか話せなくなるかの、どちらかになっていく。

そういう傾向の人を、身近に感じる。

服は、人のためにある。というより、人がいないと成立しない。

僕はイメージできるような人に向けた服しか作れない。

「こんな時代でも出来るオシャレを=マスクを」というよりは、

「こんな時代だからこそ、不安と不満と窮屈な空気感から逸脱して、シェアとハッシュタグの世界から離れられるようなものが作れないか・他人の為の服じゃなく、自分の為の服を、自分専用・自分最高の服を」と、僕は思う。

だから一点物の服を作る。

誰かじゃなくて、
あなたが、あなた自身と一番つながれる服を提案したい。

これは昔も今も未来も変わらない。

今この苦難を乗り越えたら忘れられ捨てられていく、使い捨て傘みたいな服や、嫌な思い出とリンクしてしまうだけの服は、提案できない。

ステイの先まで一緒にいられるかどうかが大事だ。

それを考え続けること。


4月6日(月)/22日目

オンラインリメイクオーダーメード完成。

4月7日(火)/23日目

研修中の神奈川在住のアシスタントが来る。こういう時勢に、公共交通機関で遠方から来させるのは悪いから、しばらく呼べなくなる。と伝える。いつでも呼んで下さいねと返される。


4月8日(水)/24日目

過去アイテムの問い合わせをいただく。これはまだありますか?きっと無いと思うんですが、どうしてもほしくて連絡してしまいました。とのこと。

いつか不要とされた古着を解体再構築して作った一着の服。

数カ月後、それを解体して二つの作品にして、

「別れを肯定するための服」と意味づけしたものが、

時間を超えて、必要とされてまた一つになって、

誰かの元へ受け入れられていく。

こんな出来事に勝る「ストーリーのある服」なんてないだろうと思う。


4月9日(木)/25日目

撮影。

「恋するルームウェア」をテーマにした新作コレクションに向けて。


4月10日(金)/26日目

4月11日(土)/27日目

4月12日(日)/28日目

撮影。

ブランド二年目、「nisai 3rd collection リボン女と糸男」から「2017ss 素晴らしい日々」までの期間中に一緒にいてくれていた元アシスタント/モデルのかほを撮影する。4月中旬、就職で東京を離れる。その前に挨拶をと、少し話もした。

彼女と知り合ったのは、ブランド立ち上げ二回目のコレクション「明日、はなればなれかも知れない恋人たちにささげる」の展示会がきっかけだった。ブランドとしては初の「取扱店以外」での、個人で行った展示。奥渋谷の、当時出来たばかりのこじんまりとしたギャラリーで行った。

6月、雨の記憶が強い展示会だった。

姉と二人でカバン目当てに来てくれていた彼女へ、モデルをお願い出来ませんかと、すぐに交渉した。当時の彼女は、特に撮られる経験はなく、少し考えてから返事してもいいですかと言った。しばらくして、私でよければお願いしますと返事をくれて、定期的に撮るようになって、いつのまにか制作や撮影補助も共にするようになった。

「明日、はなればなれかも知れない恋人たちにささげるコレクション」を開催してた当時、僕はある女性と同棲をしていた。そして、展示巡回期間が終わる頃、女性は家を出ていった。ある場所から家に帰ってくると、連絡も別れの挨拶もないまま、荷物ごとごっそりなくなっていて、その女性用に与えていた押入れスペースに唯一「かすみ草」の花束だけが置かれていた。花言葉を調べたら「永遠の愛」と出た。それは捨てられたのか忘れられたのかわからない置かれ方だった。今でこそ笑い話だけど、当時はこれ以上ないくらいにダメージを受けた。でもそのダメージやモヤモヤは、直後に行ったコレクション「リボン女と糸男」に全てエネルギーとして昇華させられた。

独学で服作りをはじめた自分にとって、服作りの技術とかエネルギーが向上する瞬間は、いつも大きなきっかけのあとだ。大きな喪失、失敗、執着。そういうものに遭遇したあとはいつも、服作りに身が入って、最大来場者数を記録するような、成功展示が行える。そういう傾向がある。

当時、借金返済ギリギリのカツカツでやっていたブランド活動を、大きく持ちこたえさせてくれた「リボン女と糸男」のあと、「今夜くらいは白黒つけよう」と名付けた白黒限定コレクションを発表。そして、年をまたいだ次の展示が「九つのテーマを同時に発表する一つのコレクション」。はじめてfashionsnap.comにも掲載してもらう。当時の自分にとって、そんなに肥大したテーマの展示会。あらゆる方法を取り入れようと模索したコレクションはなかった。

それはつまり、その直前に大きなきっかけがあったってことだ。

直後、彼女はアシスタントとモデルから外れた。それからしばらく会うことはなくなったけど、不定期に連絡はくれた。今、リメイクの服を作って友達と展示してるんですとか、ミスコンに応募したんですとか。あの、雨の奥渋谷の日、展示会場で声をかけてもらわなかったら、そのあとで服作りや被写体を経験しなかったら、私は今してるこういうことは全部やらなかったかもしれないです。なんて連絡をくれた。それ以外の交流はなかったけど、嬉しかった。

服飾、もの作りをすること、執念を形にすること、展示活動、発表すること、そうやって人と関係することは、色々な人と、不思議な化学反応を発生させる。独自の関係性を作っていく。会わなくなっても、離れ離れになっても、連絡も取らなくとも、根っこはきっと今もつながってるのかもと思える感覚。この根っこがなくならない限りきっとまた会えるだろう、なんてぼんやりとしたイメージ。僕は、「nisai」にその根っこの機能を託してるのかもしれない。だから、ここを維持しようといつも今も必死だったのかもしれない。人とのつながりが少なくなり、同時に濃くもなったこの時代だからこそ。

服は、手元から離れたあと、受け取った人のモノに変わる。そういう明確な性質がある。洗濯の仕方や、着こなし方、ほつれや色褪せを重ねて、その人の生活に合わせ、少しずつ形も色も変わっていく。時間と思いを込めて作ったあとは、届かない誰かの部屋の中で、本当の意味で服は完成される。それは、さびしくてうれしい。

今回のアトリエショップは、そうやって作られる服を、より突き詰めたい気持ちがあった。人と人で作られるなら、単独で作るよりも、ワークショップやオーダーメードを企画して、ライブやぬいぐるみ作りで、服に興味がある人からない人まで関心を与えていく。お客とオーナーっていう関係性じゃなくて、誰でも参加者・共同制作者の感覚になれるようなお店、企画と空間創りを試みていた。そんなつもりだった。

全部未来に活かせばいい。そうやって自分に言い聞かせてる。


4月13日(日)/29日目

4月14日(日)/30日目

4月15日(日)/31日目


※2021年10月1日追記
 日記は途中で記録が止まっていた

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