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夢の国の人

「うちはやりがい搾取の代表格だと思うよ」彼はストロングな酒の缶を片手に言った。
「何それ?」
もう2度床に酒をこぼされてる僕は彼の手元に注意しながら聞いた。
「ここで働いてると給料が安くても辞められなくなるって事」

「君も20年働いてるもんね」
彼は夢の国のステージの裏方でずっと働いている。けどコロナの影響で給料は出てるけどもう半年近く無職状態だ。
最初のうちは働かずに金貰えて最高だー!と言ってた彼だったけど夢の国自体が再オープンしてもステージショーの再開は目処が立たない状況が続き少しずつ不安感が湧いてるようだった。

「宝塚も四季も歌舞伎だって再開し始めてるのにここは全くだ。なんでだと思う?」
彼は飲み過ぎるとめんどくさい親父感が増す。だから若い子からは距離を置かれている。

「知らないよ」
僕は半分テレビを見ながら答える。
「夢の国らからだよ」
彼は呂律も怪しくなってきた。

僕は適当に相槌を打つ。
「俺はよ本番中、手が空くと舞台袖の隙間から客席をいつも見てたんだ。知ってるか?」

確かに彼はよく客席を見ていた。まあ彼はチーフだったから舞台も客席も含め目を配ってるんだろうなと思ってた。
「客席見てるとよー、ほんとに大人が子供みたいに笑うんだよ。分かるかお前」
「うんうん」
「子供に付き合わされて座席に座った父ちゃん母ちゃんたちがショーが終わる頃になるとみんな子供になってんだ」

彼はコップを倒す。
「あーあ」
手元に置いていたタオルですぐさま押さえて、床にまで被害が及ぶのを防いだ。

「俺らは毎日5回、365日、おんなじ事をやり続けるんだ。昨日も今日も1分と違わないタイムスケジュールで全て進むんだよ。これはもう拷問以外のなにものでもないだろ」

声が大きくなる彼をゼスチャーでたしなめる。

「でもなショーやれないっていうのは拷問よりも精神を削られていくんだよー」
小声のまんま彼は続ける。

「生きるのはなつらいんだよ。しんどいんだよ。でもよ、ショー観てる間だけはそんななんやかんやを忘れられるかもしれないんだよ。そんなショー作ってるって最高じゃねぇか。なあ友よ」
彼はタオルを奪うと涙をふきはじめる。

ジャイアンが混じり出したのでそろそろ布団を敷いてた方がいいなと思い、僕は立ち上がり布団の準備を始めた。
彼はまだそこに僕がいるかのように喋り続けている。

「あいつらに会いたいよ」

あいつらって誰だと思いながら布団を敷いている横で彼はあいつらのセリフをモノマネしていった。それは全然似てなくて全然可愛くなくて大笑いした。
気がついたら二人で「あいつら」のモノマネしながら爆笑してた。

彼が舞台袖から客席を見つめる日常はまだ戻って来ない。






















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