事前情報の共有を効果的なプロモーションにつなげるために:日販 流通改革推進部 パートナーズ推進課 課長 古幡瑞穂
本稿は2020年9月に実施された文化通信連続セミナー「出版プロモーションのすべて」の内容の再録となります。
なぜ事前プロモーションが大切なのか
出版物の製品としての特徴はいろいろありますが、「読む人の人数・規模とは関係なく生み出されていくことが多い」のもその一つではないでしょうか。読む人が500人だろうが、1万人だろうが、書く側は書きたい。それが、活字コンテンツのひとつの特色ではないかと思います。
作品ができ上がった上で、出版方法(例えば商業出版するのか自費で出版するのか、印刷するのか、電子書籍を作るのかなど)や規模が決められていきます。こういった意味では、出版物はどこまでいっても「プロダクトアウト」が根底にある製品だとも言えます。
「プロダクトアウト」と「マーケットイン」は対義的に語るべきことではなく、プロダクトとマーケットの間を適切なマーケティングで繋いでこそ、効率的で大きな売上ができていくのだと考えられます。
昨今、新刊の初版部数はさらなる減少傾向にあります。書店軒数も減ってはいるものの、「すべての店舗にすべての本が発売日に並ぶ」ことはほとんどありません。しかも、重版されずに初版で販売が止まってしまう本も一定数あります。新刊をベストセラー、ロングセラーに育てていくためには、「読者の欲求」「店頭在庫」「露出」を、発売時点で一気にピークに持ってくることが必要です。
売上影響に比べて脆弱な新刊プロモーション
毎月売れる本のうち、新刊はどれくらいのシェアを占めているのでしょう。大型銘柄や季節商品などの影響もありますが、書籍の場合は当月発売の商品の売上は約15%程度を占めます。3か月以内の発売商品で3割強を占有する大きな塊となっています。
送品についてはさらに影響が大きくなります。毎月の新刊委託商品の送品シェアは35%前後。売上以上に大きなシェアを占めているのです。
このように、大きな影響を持つ新刊ですが、出版業界の発売に向けてのプロモーションは比較的脆弱です。
計画的なプロモーションのあり方として参考になるのが映画業界です(図表①)。こと大型映画に関しては制作期間から計画が始まり、予告やビジュアルなどが定期的に露出されていきます。タイアップの企画やテレビ露出などが公開1か月前くらいから大きくなり、注目がピークを迎えたタイミングで映画が公開される流れになります。
このタイミングに沿って原作本の送品、展開を行うと、公開日に売上の大きな山を創り出すことができ、その後も返品抑制しつつ長期間売り続けることができています。
振り返って出版業界を見てみると、助走期間なく「立ち幅跳び」をしている商品がほとんどです。「走り幅跳び」で距離を伸ばす、「三段跳び」で重版に重版を重ねるという体制にするために、事前プロモーションを行いましょうということが、本稿の趣旨になります。
新刊発売までにどんな動きがあるのか
昔から「新刊配本の部数を書店が決めたい」、または「不要な配本をなくしたい」というニーズは多くあり、日販でも数年をかけさまざまな施策にチャレンジしてきました。このような声を反映するための課題がいくつかあります。
①希望した商品は返さずに売ること
②それを見える化すること
③業務スケジュールを変えること
これまでの出版業界の業務スケジュールでは、出版社が取次に対し4日前に見本を提出し、「この本を発売するので、配本してください」という「見本出し」をトリガーに配本業務が動いていました。これでは商品を動かすのが精一杯で、それ以上の取り組みをする余裕はありません。
しかし、この10年で新刊発売までのスケジュールは大きく変化しています。発売前の情報が早期にデータ化され、事前商談を行えるようになったことが大きな変化です。現在の新刊発売までの手順(日販の場合)を見てみましょう(図表②)。
現在、日販では未刊情報を発売45日前までに登録し、事前商談を行うことを推奨しています。事前商談時には想定部数、内容、どういった配本を希望するのかといった話をします。その商談後、書店さんや読者の方からの受注を取る期間(アドバンスMDや近刊予約といったサービス)を設け、マーケットの要望を吸い上げることに力を入れています。
ただし、書店・読者のニーズを汲み上げても、発売日に配本される確約がなければお客様の予約を取ることはできません。「発売日に届ける」という約束を行うために日販では、2つの発売前銘柄の送品確約メニューをご用意しています。
●AMD(アドバンスMD):書店店頭分の受注。書店では初回の送品数を確認し、部数の修正(増減)が可能。仕入部数が大きい大型タイトルを中心に実施される。
●近刊予約:読者の事前予約受注。NOCSに登録され受注可能となっている商品は、発売前でも通常の客注品のような注文が可能。新刊委託送品があり、発売前に一定の書誌情報が登録されていることが対象商品の条件。現在、発売商品の8~9割に対応している。
両サービスとも、サービスの開始から数年が経ち、課題も見えてきました。特に書店にとって問題になっているのは、新刊点数の多さです。日々の新刊点数は200点を超え、「それらをすべて吟味し、部数を決めることは困難だ」との声が上がっています。判断のためのスケジュール、情報不足も課題です。基本書誌があっても部数検討に繋がる情報があまり整っていない、あってもすべては読めないといった声もあります。
書店の申し込みを送品に反映しマーケットイン型へシフトしていくためには、今後考えなければならないテーマです。
JPRO、BooksPROスタート
近刊情報の収集、活用のキーになるのがJPROです。JPROとは、出版社から提供された出版情報を書店・取次などに配信するシステムで、業界団体である日本出版インフラセンターが運営しています。この稼働により、各方面にバラバラに情報を提供していた出版社の煩雑な作業が一本化され、業界の統一データベースとなりつつあります(図表③)。
また、2020年3月からはこのJPROのデータベースを書店で活用するためのシステムである、「BooksPRO」がスタートしました。
BooksPROのスタートは業界変革の大きな一歩になります。これまでは、これから出る本の情報を集めることに、大きなエネルギーが必要とされていました。それらがパソコンやスマートフォンの画面上で、簡単に検索できる時代になったのです。BooksPROの活用で、情報を集めるエネルギーを、売場作りや仕入に転換し、書店員本来のキュレーションの仕事に力を入れることができるようになると考えています。
事前情報はまだまだ不完全な状態ではありますが、環境は整いつつあります。取次の業務も、JPROデータを起点としたものに切り替えられつつあります(図表④)。データの増加、充実と活用が良いバランスで進んでいくことが、今後の業界の成長にも繋がるはずです。
もっと事前プロモーションを!
他業界では、新商品の発売前にマーケティングやプロモーションを行うことは当たり前です。情報が流通し、配本を約束できる環境を整えれば、もっともっと積極的なプロモーションができるようになるはずです。効果的に事前プロモーションを行うためには、どういった点に気をつければよいのでしょう。
・膨大な新刊の中から選ばれる本になる
現在、書籍だけでも日に200点以上の新刊が発売されています。その膨大な発売情報の中から、まず選ばれることが必要です。
▲図表⑤ 近刊カレンダーは日付の部分をクリックすると発売商品の一覧が表示される。ジャンル別にさらに細分化しての検索も可能
何よりも先に行うべきはJPROに登録することです。これがすべてのトリガーになります。BooksPROのトップページからは日々出版される予定の書籍、ムック、コミックなどが一覧で閲覧できるようになっています(図表⑤)。
順次、出版社の発注サイトとの連携も進んでおり、気になった本はここから注文できるようになってきました。
・部数決めに重要なのは「企画書」の情報
書店や取次が仕入部数を検討するにあたっては、POPに書かれるような惹句ではなく、出版企画書に書かれているような情報が有用です。なぜ今この本が出るのか、出版にどういう意義があって、何を狙っているのか。どういう読者に届けたいのか。そして、そのためにどれくらいのプロモーションを行う予定なのか。
そういった情報が、部数と展開規模を決める重要なキーになります。
・発売後すぐに受注に対応できる体制を作っておく
発売前の予約をとる体制が整ってきたとはいえ、搬入の1週間~10日前にはすでに送品先が決まっており、発売直前の盛り上がりには対応しづらいのが実態です。このタイミングで入った書店客注をしっかりキャッチできるように、新刊の在庫の持ち方にも工夫が必要になるでしょう。
新刊発売時に盛り上がっていたのに、その後、重版までまったく送品がなかったということがないような体制作りが求められます。
これからの新刊送品はどうなっていくのか
本が「売れない」と言われてきましたが、いよいよ「送れない」時代に突入しようとしています。輸配送の問題も根底にはありますが、今後はただ「出版する」だけではなく「選ばれる本」にならなければなりません。
「選ばれる」ためには読者の巻き込みも大事です。読者が動いたとき、出版社の熱意が書店に伝わっていてしっかりとした売場ができていれば、大きなムーブメントを起こせる可能性が出てきます。
今、必要なのは業界全体での「未来像」の共有でしょう。事前情報の共有、プロモーションの徹底により、「発売前の本も発売後の本と同じように書店で注文できる」を、世の中の当たり前にしていきたいと考えています。
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