大人が大人とかかわること_

大人が大人とかかわること。

僕はいま児童館で、主に勉強する子どもたちの支援をしている。
児童館自体は、遊ぶことを通じて、子どもたちが「好きなことを好きなようにしてもいい」余白を提供している(すべての児童館がそうではないようだけれど)。

そんな環境に二年いて、いまさらなのだけれど、子どもの支援の対象っていつでも「大人」なんだなあと思う。

子どもに関わっていると、そこに必ず大人の影をみる。
親だったり、先生だったり、彼らの考え方や感じ方に強い影響を与え、しばしば制限する者として。

身近な大人こそが、子どもたちの「環境」なのだ。
生まれたときから決められた所与のものであり、自分の力では簡単に変えることができない。

だから子どもが苦しいとき、そこには大人の影響がある。
その大人の意識やふるまいが変わらないことには、本当の意味で子どもにとって健やかな生活にはならない。

僕たちが身近な大人とちがった振る舞いで接することによって、子どもたちは安心したり、自由になったりする。それで「支援できた」という手応えも得られる。

でも、それだけでは片手落ちなのだと思う。
結局のところ、子どもたちは、元いた環境に帰っていかざるを得ないのだから。

自分を省みて思うのだけれど、つくづく大人が変わることは難しい。
いろんな考えに縛られているし、本当にめんどうだ。

でも、大人が大人にかかわらなかったら、誰が大人とかかわるんだろう。

話し合ったり、話を聞いたり、時にはケンカしたり。
そんなふうにして大人が大人同士の悩みや痛みを共にすることなくして、子どもが健やかになることなんてあるのだろうか。

今日も子どもの支援を長くされてきた方に会った。
そこにはやはり「手が付けられない大人」の話が出てきた。
クレーマーとか、モンスターと言われるような人たちの話だ。

その大人だって、もともとは子どもだったわけだし、その後はまわりの大人との関わりによってそうなったわけだ。

大人が大人とかかわること。

自分自身それを避けてきた自覚があるし、いまでも「面倒だな」「こわいな」と思うことがあるのだけれど、それは大人の仕事だよ、と書いておきたい。

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