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解像度がちがう。

今日、久しぶりに歌の先生とオンラインでお話しした。

別に教わっている編曲の先生もそうだけれど、一つ一つ解説を聞いているうちに、ぼんやりと一体になっていたものがきれいに区分けされていく感覚があった。

今日尋ねたのは、歌い方にまつわることだったんだけど、いろんなシンガーの例を挙げてもらって、この人はこういう歌い方、この人はこう、と言葉にしてもらううちに、頭の中の「歌い方」の地図がクリアになっていく。

誰かにものを教わるというのは、こんなふうに解像度の高い人の視界を借りることなのかもしれない。

もっとも解像度を上げるためには、こちら側にも経験が必要だ。歌でいえば、わからないながらも歌ってみて「変だな」「どうなっているんだろう」と疑問に思った経験。その疑問が解像度の扉をひらく。

ちなみに解像度っていうのはカメラの用語だけれど、僕の中ではキメの細かさみたいに捉えている。僕が意識したこともなかったなにかを、先生たちは目ざとく見つけて、ひょいっと拾い上げることができる。網の目が細かいからそれがすくい上げられるわけで、その細かさゆえに同じ「歌うこと」をしていても仕上がりが違ってくる。

あと、なにより「いい人」っていうのも大きい。
こちらのことをバカにしたり、否定したりしない。安心して自分の思っていることを話すことができる。そういう人としてのよさ。

そういう人たちを先生にできたことで、僕の音楽はいま着実に進んでいる手応えがある。本当にありがたいことだ。

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